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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第3回   ショパンの呪い【テーマ:クラシック音楽】
 私はショパンに呪われている。好きな人と一緒にショパンの曲を聴くと、その恋は絶対うまくいかない。
 小学生の時、音楽の授業で『小犬のワルツ』を聴いた翌週、好きだった同じクラスの男の子が突然転校した。中学では全生徒強制参加の特別音楽鑑賞会があり、直後に先輩に告白して玉砕。曲目の一つがショパンの『ピアノ協奏曲第一番』だった。
 高校で初めて彼氏ができたけど、交際三ヶ月で「他に好きな子ができた」と別れを告げられた。そんな素振り全然無かったのに。思い返してみると、最後のデートで一緒に観た映画で主人公が『幻想即興曲』を弾く場面があった。
 大学に入って出会った彼とは一年続いたけど、急に「勉強に集中したいから別れよう」と言い出した。そんな理由じゃ納得できないって食い下がったけれど、彼は「今は恋愛より勉強」と繰り返すばかり。考えてみれば、別れを切り出される三日前に『ノクターン』を一緒に聴いていた。私の部屋でフィギュアスケートの中継を見てたから。
 このように、今までの恋全部が想い人と同じ空間でショパンを聴いてから一週間以内にバッドエンドへと急展開している。これはショパンの呪いに違いない。
 私が今気になっているのは、バイト先の後輩の響君。居酒屋なのでたまに酔った客に絡まれることがあるけど、あの時の客は特にしつこかった。困っていた私を助けてくれたのが響君だ。客を怒らせることも無く、見事な対応だった。
「梢さん、大丈夫ですか? ああいう時は早めにヘルプ呼んでください。俺、すぐ駆けつけるんで」
 彼の言葉と爽やかな笑顔にキュンときた。それ以来すごく意識してしまう。クラシック音楽が流れるような店ではないので、今のところ無事に(?)片思い継続中だけど、ショパンの呪いがいつ来るかわからない。私は告白に踏み切れずにいた。
 ある日、バイト上がりに響君から「駅まで一緒に」と呼び止められた。帰り道、響君に言われた。
「俺、梢さんが好きです。付き合ってください」
 ……嬉しかった。自然と私は「はい」と答えていた。
 響君と付き合い始めた私は、二人でいる時にショパンの曲に接しないよう注意を払った。映画を観る前に使われてる音楽をチェックしたり、BGMがクラシック系の店は避けたり。テレビ番組もヤバそうなものは見ない。ショパンの曲名や旋律を全部完璧に覚えるのは無理だけど、これでかなりリスクは減る。響君の部屋にクラシックのCDがたくさんあることに驚いたけれど、留学中のお兄さんの物を預かっているだけということでほっとした。外でデートしたり、お互いの部屋で過ごしたり、私はますます響君のことが好きになった。
 しかし、不測の事態が起きた。響君と喫茶店にいたら、隣の席で携帯が鳴り始めた。持ち主は席を外しているらしい。店内に響く『別れの曲』。……普通、着メロにする? 思い切りショパン、しかもこの曲名。最悪だ……。
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
 響君は心配そうに私をみつめる。……嫌だ、別れたくない。
「梢さん?」
「……私たち、終わりじゃないよね?」
「は? 当たり前じゃん、なんでそんなこと言うの?」
 響君は純粋に戸惑っている。私は思い切ってショパンの呪いのことを打ち明けた。
「馬鹿だなあ。そんなの信じてたんだ?」
 私の話に響君は笑った。
「だって、現に今まで……」
「ただの思い込みだって。証明してみせようか?」
 響君は私を自分の部屋に誘った。部屋に着くと、響君はCDを一つ選んでデッキに入れた。ゆったりしたピアノの旋律が流れ出す。「いい薬です」のフレーズでお馴染みの胃腸薬のCMの曲だ。
「聞いたことあるだろ? これ、ショパンの『前奏曲第七番イ長調』」
 ……え、これもショパンなの?
「何のCMかわかるよね? 『Qポン』でも毎回このCM入ってるし。本当にショパンの呪いがあるなら、とっくに俺たち別れてる」
 ……確かに。
「だから安心しなよ。呪いなんか無いって。……今一緒にこの曲を聴いた俺の変化といえば、梢さんが余計に可愛くなったことかな。これからも俺のそばにいてくれる?」
 ……気障な台詞をさらりと言ってくれる。やっぱり響君は最高の恋人だ。

 呪いから解放された私は、響君とショパン全集のCDをかけて聴いてみた。
「懐かしいなあ。兄貴とよく鑑賞会やってた」
「お兄さん、いつ帰国するの?」
「当分予定は無いみたい」
 次の曲が始まる。『葬送行進曲』だ。
「タイトルの割に、そこまで暗くないよね」
「梢さんはそう思うんだ?」
 しばらく一緒に聴いてたけど、不意に響君が立ち上がって台所に消えた。戻ってきた響君の手には包丁が握られている。
「響君……?」
「……やっぱ、呪いってあるかも。俺、この曲……誰かと一緒に聴くと……その人……刺し殺したくなる……」
 響君が近づいてくる。……動けない。声が出ない。




※2015年2月に執筆。


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