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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第55回   メランコリック・ペンギン狂詩曲【テーマ:不条理】
 空に憧れたペンギンの話を知ってるかい? 空を飛びたいと、崖から飛び降りては懸命に羽をバタつかせたペンギンの話。何度も挑戦するけど、失敗と怪我の繰り返し。もう体はボロボロさ。それでもペンギンは崖に上って飛ぼうとするんだ。このペンギン、最後はどうなったと思う――?

 天井の木目とシミがはっきりしてきた。カーテン越しの光と小鳥のさえずりが僕に朝だと知らせる。
(今日も生きてる、か……)
 己の肉体の重みがうっとおしく、正常に機能している五感が忌々しい。ため息を吐いて布団から出る。洗面所に行き、顔を洗う。シェービングフォームを取ろうとして、鏡の中の男と目が合った。
(こいつ、誰だ……?)
 わからない。こんな男、僕は知らない。
(嘘だ。わかってるだろ?)
 鏡の男が顔を歪めて笑う。……そうだ、これは……僕だ。
(あまりに無様で、認めたくない?)
 嘲笑され、僕は鏡に拳をぶつけた。……当たった右手が痛いだけで、鏡は割れたりしなかった。鏡の男は僕の真似をするだけの存在に戻っている。
(……仕事に行かなきゃ)
 僕は髭を剃り、着替えてアパートを出た。

 ベルトコンベアで流れてきた部品を箱に詰めるだけの単純作業。自動車部品だというが、どこに使われるのか全くわからない。組み立てられた部品を指定の数に揃え、箱に入れていく。同じ部品、同じ箱、同じ動作。ただ繰り返す。誰とも、何の交流も無い。ただ作業を分担してるだけ。単調な作業に集中しながら、僕は僕を忘れる。忘れようと努める。
「ストップ!」
 突然大きな声が工場内に響き、ベルトコンベアが止まった。……慣れない新入りが流れ作業のペースについて行けず、ラインが中断される。これもいつものことだ。僕は持ち場に溜まっている分を箱詰めし続ける。それらが捌ける間もなく、ベルトコンベアは再び動き出す。
 昼はロッカーにストックしてあるカップ麺。お湯を注いで休憩室で食べる。ここでも僕は誰とも喋らない。食事の後はスマホのゲームで昼休みを潰す。クソ面白くないパズルゲームだけど、没頭するふりをする。
 午後もひたすら箱詰め作業。同じ部品を同じ箱に、同じ動作で詰めていく。僕は思考も感情も切り捨て、似非機械になろうと試みる。

 仕事は定時で終わった。コンビニで弁当を買って帰宅する。シャワーを浴び、テレビをつけて弁当を食べる。どうでもいいバラエティ番組。食べ終わると一気に疲れが押し寄せてくる。

 ……まだ作業が終わらない。ベルトコンベアが運んできたものを箱に詰めていく。……いつもの部品じゃない? 白い……骨だ。三本指の足にすらっと伸びた脛骨、そこに直角にくっついた大腿骨。頭蓋骨には嘴が付いている。鳥、か……? よくわからないまま、僕はとにかく骨を箱に納める。詰め込んだ箱はどんどん積み上がるのに、骨は一向に減らない。それでも僕は骨を拾い、箱に詰め続ける――

 転寝をしていたらしい。何が面白いのか、テレビの中のタレントは馬鹿みたいに口を開けて笑っている。
 僕は立ち上がり、弁当の空容器とコップを流しに運んだ。まな板と共にスタンドに立てかけた包丁が目に入る。僕は包丁に手を伸ばした。包丁の刃を首筋に当てる。

 ――ペンギンはさ、最後死ぬんだよ。当然だろ? ……怒るなよ。ペンギンは死ぬまで空を夢見て挑戦し続けたけど、結局飛べなかったのさ。ま、そもそもペンギンが自力で空を飛ぶなんて無茶だよな。飛ぶようにはできてないんだし。

 ……話していたのは誰だったか。記憶はおぼろげだが、嘲るような口調と下卑た笑い声が気に食わなかったのは覚えている。
(ペンギンは、鏡を見たことが無かったんだろうな)
 自分の姿を本当に知っていたら、愚かな努力を続けたりしなかっただろう。しかし、その努力が無駄であることを知らないまま、夢の途中で死んだペンギンは幸せかもしれない。
 僕の胸に突き刺さっている砕けた夢の欠片。全てを捧げ全てを賭けた夢だった。死ぬ気でやれば必ず叶うと信じ、逃げ道も退路も断ってがむしゃらに走り続けた。だが、与えられたのは……不適合者の烙印。そのまま強制退場、永久追放。道は冷たく閉ざされた。
 夢と一緒に僕も砕けてしまえばよかった。なんであの時そうしなかったのか。あの日以来、全てが無意味になった。負け犬の生き恥をさらしながら、僕は意味も価値も無い日々を消化している。息をし、栄養を摂取し、日銭を稼ぐ。抜け殻のくせに、屍のくせに……僕はまだ僕を埋葬できずにいる。

 包丁を首から離し、元の場所に戻した。コップと空容器を洗い、水切り籠に入れる。テレビを消し、歯磨きを済ませ、布団に潜り込む。……おそらく、明日も今日と大して変わらない。明日が来れば、の話だが。
(寝てる間に、呼吸と心臓止まってくれないかな……)
 微かな期待を抱きながら、僕は眠りに落ちる。




※2014年12月に執筆。


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