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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第53回   Nouveau depart【テーマ:無題(絵を見て)】
 ようやく仕事が一段落した。久々の三連休。せっかくなので、二泊三日で沖縄にファンダイブに行くことにした。ダイビングもしばらくご無沙汰だった。
 朝イチの飛行機に乗り、さっそく午後からボートダイブ。今回一緒に潜るのは初対面の三人だ。内二人は夫婦で、もう一人は僕と同じく単独で参加した男性。自然とバディが決まった。移動中、いつものように参加者と話しながら気持ちを高めていく……はずなのだが、今日はなんだか空回りしている。
 ボートがポイントに到着した。アンカーロープが下ろされ、ガイドの指示のもと水に入る。十一月中旬の沖縄。陸は少し肌寒いけれど水中は温かい。透明度も良好だ。出港前は曇っていた空も晴れてきた。
 バディ同士で潜行のサインを確認し、潜り始める。半年以上ブランクがあったが、体は感覚を覚えていた。キンメモドキの群れに出迎えられる。クマノミやグルクンなどの熱帯魚、珊瑚にイソギンチャク、カラフルなウミウシに不思議な海の生き物たち――。美しい、と思う。でも、どうも心の底から楽しめない。楽しみたいのに、どこかどんより重たい僕の心。
(凜華がいないから、か……?)
 今までのダイビングとの決定的な違いに思い当たる。吹っ切れたつもりだったが、やはり引きずっているのか。

「私、前世は魚だったと思うの。海の中が落ち着くのよね」
 凜華の口癖だった。凜華と付き合うまで、僕はスキューバダイビングなど全く興味が無かった。
「面白いよ。いろんな魚や生き物に出会えるし、水中を漂う感覚も最高。ちょっとお金はかかるけど、金額以上の価値は絶対あるって」
 初めて出会った合コンでも凜華はダイビングの話をしていた。学生時代ダイビングサークルに所属し、今も毎月のように潜っていることもその時聞いた。
「瑞樹もやってみない?」
 付き合い始めてすぐ、凜華は僕をダイビングに誘ってきた。
「あんまり泳ぐの得意じゃないし……」
「大丈夫だって。エアジャケットとバラストで浮力を調節しながら潜るんだし、フィンを使うから泳ぎやすいよ。息継ぎも要らないし」
「言われてもよくわかんないだけど」
「じゃ、体験ダイビングしてみたら? 私も一緒に行ってあげるから」
 凜華に勧められるまま、僕は伊豆の日帰り体験ダイビングを申し込んだ。凜華と共に現地に行き、ウェットスーツに着替えて器材の説明を受け、海へ。浅い所で呼吸の練習などをして慣れてから、深い所に潜っていく。深いといっても初心者向けなので五メートルほどだったが、初めて凜華と見た海の中は正に別世界だった。近場の伊豆に珊瑚があるとは驚きだったし、シマアジの群れに青や黄色のかわいい魚たち。ウツボも近くで見たのも初めてで、海中での時間はあっという間に過ぎた。
「めっちゃ楽しい。また潜りたい」
 僕は正直な感想を凜華に伝えた。二週間後には講習を受けてCカードを取得した。以降、僕は凜華と一緒にファンダイブに出かけるようになった。場所や季節はもちろん、天候やタイミングによっても見られる光景が違い、飽きが来ない。凜華は僕がダイビングにハマったことを喜び、僕も凜華と同じ世界を共有できるのが嬉しかった。二人で潜って、二人同じものを見て、二人で感動して……。僕の器材を揃えるため、一緒に店巡りをするのも楽しかった。ダイビング以外にも映画やドライブ、遊園地などにも行ったし、まったり家デートで過ごすこともあった。お互い本当に好きだったし、一緒にいるのが心地良かった。
 なのに、どこで変わってしまったのだろう? 僕の仕事が忙しくなり、ダイビングに行く機会が減ったのは確かだ。でも、まめに連絡してたし、少しでも二人の時間を作るよう努力した。でも、凜華の笑顔は減り、会っても気持ちはすれ違うばかりで……。
「もう瑞樹とは会わない。バイバイ」
 凜華からはっきり別れを告げられたのは二か月前だった。

 ガイドが手招きしたので行ってみた。マンタだ。バディは目を輝かせてみつめている。ここまで間近で見るのは僕も初めてだ。マンタはゆったりと泳ぎ、僕たちの前を悠然と通り過ぎていく。僕たちがいてもいなくても、マンタには関係ないらしい。
(羨ましいな)
 弱肉強食の自然界で生き抜くのはそれなりに大変だろうが、人間のようにあれこれ思い煩うことは無いだろう。余計なことは考えず、流れに身を任せて……。
(前世は魚だったと思うの)
 凜華の言葉を思い出す。お互い魚だったなら、もっと上手く付き合えたのだろうか? ずっと海の中にいて、一緒に同じものを見続けていれば……。
(いや、小魚の僕が凜華に食われて終わりだな)
 くだらない考えに吹き出しそうになった。
 バディが浮上のサインを出してきた。全体もボートでポイントを移動するようだ。OKのサインを返し、バディと水面を目指す。
 今度こそ、凜華のことは忘れて楽しもう。




*この回は小説コンテストサイト「時空モノガタリ」が提示した抽象画から物語を作る形でした。同じ抽象画を探し出すことはできませんでしたが、私には色とりどりの魚が泳ぐ海の中に見え、そこからこの物語ができました。
*タイトルはフランス語で、正しくは「depart」eの上にコンマのようなアクセント記号が付いています。読みは「ヌーボー・デパー」、意味は「再出発」です。


※2014年11月に執筆。


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