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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第51回   Is he foolish?【テーマ:秘密】
 朝、実津の目に最初に映るのは孫の秀也の寝顔だ。秀也は高校生になった今でも実津の隣の布団で休む。
(ゆうべはだいぶ遅かったけど……)
 実津はいつも夜九時頃に床に就くが、秀也が部屋に入ってくる気配で一度目が覚める。昨夜は三時半を回っていた。秀也が遅くまで勉強することは時々あるが、さすがに遅すぎだ。
(夜はちゃんと寝ないと)
 成績優秀なのは喜ばしいが、実津には孫の健康が第一であった。
 足音に水音。嫁の祥子が起きたようだ。実津は秀也を起こさないよう、そっと部屋を出た。洗面を済ませ、リビングで新聞を読む。息子の浩司が起きてきたら新聞を譲り、テレビをつける。祥子は朝食と弁当の準備。いつもの朝だ。
(そろそろ秀ちゃんを起こさないと)
 実津が腰を上げかけると、浩司と祥子の携帯が鳴った。二人がメールを開く。
「臨時休校?」
「ウソ、爆発って……」
 秀也が通う高校からの連絡メールだった。

 P高校の職員室はドアが吹き飛び、ガラスも割れ、中は滅茶苦茶だった。奥の金庫までひしゃげ、爆発の威力がうかがえた。爆発が起きたのは明け方で、幸い誰も巻き込まれずに済んだ。警備員が午前二時に見回りをした時には異常は無かったという。分析の結果、使用されたのは手製の時限爆弾と判明した。犯人は見回り後に侵入し爆弾を設置したとみられる。生徒たちの安全と心理的影響を考え、学校側は当面の休校を決めた。
(早く犯人が捕まるといいけど……)
 庭いじりをしながらも実津は不安に思う。事件自体も怖いが、平日に秀也が家にいるとあの日々を思い出してしまう。
 小五の時の林間学校を境に秀也はいじめられるようになった。親しかったはずの友達も態度が変わり、孤立した秀也は毎日泣いていた。そのうち学校に行けなくなった。実津は秀也が不憫でならなかった。卒業と同時に引っ越さなければ、秀也は引きこもったままだったかもしれない。
「こんにちは、秀也君いますか?」
 実津が振り向くと、秀也の高校の友達が門の外に立っていた。
「ちょっと待ってね」
 慌てて秀也を呼びに行ったが、少し不安が和らいだ。新天地の中学で新しい友達ができ、明るさを取り戻した秀也。勉強もすぐに追いつき、学年トップを争うまでになった。高校でも成績は上位、友達も多い。
(あの頃とは違うわ。いじめには遭ってないし、秀ちゃんも成長してる)
 実津は一人頷く。
(秀ちゃんのペースで進めばいいのよ)
 秀也は友達と出かけるようだ。
「秀也、今夜俺んち泊まんない? 一緒にセズニーランド完全攻略プラン立てようぜ」
「ゴメン、今夜はちょっと……。それに、この状況だと修学旅行中止かもね」
「マジか? せっかく空いてる平日に行けるのに。授業はともかく、修学旅行だけは予定通りやってほしいわ」
「潤、学生の本分忘れてない?」
 友達とじゃれ合う秀也を実津は優しく見送った。

「――P高校爆破事件の犯人として逮捕されたのは、同校に通う男子生徒でした。男子生徒は成績優秀で友達も多く、素行も良かったということです。男子生徒は取り調べに対し黙秘を続けています……」
 実津はテレビを消した。
(秀ちゃんは嫌がったのに、浩司も祥子さんも無理に行かせようとするから……)
 実津は心の中で息子と嫁を非難する。
(私の隣で寝るのも甘えだってなじって……。周りが焦っても秀ちゃんが不安定になるだけじゃない)
 あの夜秀也の就寝が遅かった理由を、警察が来たことでようやく悟った実津。さすがに驚いたが、秀也の気持ちもわかる気がした。
(やっぱり修学旅行に行きたくなかったのね。あの癖がばれるって)
 林間学校の時、秀也は夜に隣の児童の耳たぶを触っていたことをからかわれた。昔から秀也は寝る時に人の耳たぶに触れる癖があった。そうしないと眠れず、眠くなると無意識に耳たぶを求めてしまう。「赤ちゃんみたい」「キモい」とクラス中に笑われた。それがいじめと不登校につながったのだ。
 秀也も直そうと努力した。だが、どうしても耳たぶ無しでは眠れない。自分のでは駄目だし、ぬいぐるみは感触が違う。秀也が毎晩実津の隣で寝ていたのは、怒らずに耳たぶに触らせてくれるのが実津だけだからだ。
 秀也のトラウマは大きく、中学でも高校でも泊りがけの行事は仮病を使って休んだ。合宿や遠征があるため部活にも入らない。嫌われるのを恐れて友達にも癖のことは隠していた。高校の修学旅行も休むつもりだったが、両親は今回許さなかった。息子の将来を考えてのことだった。しかし、追い詰められた秀也は修学旅行が中止になる方法を必死に考えた。――積立金が無くなれば。修学旅行どころではない事態になれば。だから金庫がある職員室に爆弾を……。
 秀也は黙秘しているという。余程あの癖を知られるのが嫌なのだ。
(秀ちゃん、眠れてるかしら……)
 今、実津の一番の心配はそこだった。




※2014年10月に執筆。


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