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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第50回   嘘から出た……?【テーマ:舞い降りたものは】
 とあるマンションの一室。部屋には香が焚かれ、厳かな音楽が流れている。十人ほどが集まり、それぞれ床に座って瞑想していた。
「アジブ神様のお導きの時間です」
 古嶋が告げると、彼らは姿勢を正した。ほどなく、ゆったりした白い長衣に身を包んだ御子柴が部屋に入ってくる。御子柴は柔和な笑顔で会釈し、部屋の奥に設けられた上段に登った。目を閉じ、奇妙な言葉で祈り始める。
「セコヨネーカ、ダモカラエマーオ、ノモカーロオ……」
 やがて御子柴がカッと目を見開いた。鋭い眼差しに威厳ある雰囲気、先ほどとは別人のようだ。
「教祖様のお体にアジブ神様が降臨されました。加納さん、こちらへ」
 古嶋が言うと、三十過ぎほどの女が御子柴の前に進み出て跪いた。
「アジブ神様、どうかお導きを。夫が一向に浮気を止めないのです。懸命に徳積みの修業に励んでいるはずなのですが」
 目を潤ませる女に御子柴は低い荘厳な声で言った。
「焦ってはならぬ。汝の夫は前世での悪行ゆえに徳の蓄積が極端に足りぬ。少ない徳では守護の力が弱く、守護の力が弱ければ悪鬼に唆されて然るべき。代わりの徳積みは容易ではないと申したはず」
「はい……私が愚かでした、申し訳ありません」
 女はひれ伏した。
「徳を早く大きく積みたいならば、自らを犠牲にして捧げ物をせよ。汝の宝を差し出す覚悟はあるか?」
「はい。では、この指輪も捧げさせていただきます」
 女は指輪を外し、上段の脇に置かれた白い箱に向かった。紙幣と一緒に指輪を箱に入れる。それを皮切りに、他の者たちも箱に現金を入れていく。
「汝らの覚悟、しかと受け取った。今後も精進せよ。我が共にあることを忘れるな」
 言い終わると御子柴はその場に崩れ落ちた。

「今日の収穫はこれだけか」
 古嶋が呟いた。皆が帰った後、古嶋と御子柴は箱の中身を取り出す。
「そろそろ新しいカモが欲しいな。今いる奴ら、もうデカくは出せねえだろ?」
 御子柴が長衣を着たまま煙草に火をつけた。
「おい、神の御座で……」
「誰も見てねえんだ、構わねえだろ」
 素に戻った御子柴に古嶋は苦笑した。
「全く、大した役者だよ。どこが世俗の欲を完全に断ち切った教祖様だ。苦行の末に神と交わる力を得たなんて、お前の本性見ればデタラメだってわかるのに」
「あいつら本気でアジブ神が乗り移ってると信じてるからな。我ながらすげえ演技力だわ」
 御子柴がふーっと煙を吐いた。
 二人が起ち上げた小さな教団『アジブの光』。御子柴は教祖、古嶋は幹部という肩書きだ。教祖を媒介として古代イーラ族の神アジブの言葉を聞き、悩みの解決や来世のために徳を積もうという教えだが、実態は金集めのためのインチキ教団だった。
「お前の教祖っぷりは大いに認めるけど、伊庭さんも結構貢献したかもな」
「あの勘違い霊感ババアな。『こげん光、今ずい見たこつ無か。まこて神様が降りっくる場所じゃ』って方言丸出しで興奮して。確かにあれで他の奴らも『霊的にすごいトコなんだ』って余計に信じ込んで。……ババア最近見ねえけど、死んだか?」
 御子柴は金づるが減ることを心配した。
「体調崩して入院中だと。年だしね」
「へえ。死ぬ前に一発ドカンと献金して欲しいわ」
 御子柴は金を金庫に入れた。
「指輪の方、頼むな。米粒みてえなダイヤだから、大した金にはならねえと思うけど」
「了解」
 古嶋は指輪を小箱に納めた。

 古嶋たちが伊庭夫人の訃報を知ったのは、彼女の身内が葬儀を済ませた後だった。
「伊庭さん、変なことばかり口走るばあさんって認識されてたみたいだな。『アジブの光』のこともちらっと話したっぽいけど、いつもの妄言だと思われたらしい」
「横ヤリが入らず助かったな。徳は陰で積んでこそだって口止めしたのに、やっぱあのババアしゃべったか」
 御子柴はため息を吐いた。
「ははっ、ちょっとヤバかったかも。それにしても、葬式のこともちょっと考えなきゃな。うちは徳積みメインで葬式や墓はお好きにどうぞってつもりだったけど、教祖様にお願いしたいって奴も出てくるかもしれない」
「面倒くせえなあ……」
「やりようによってはガッポリ儲かるさ。――教祖様、そろそろ準備を」
 一時間後、信者たちが集まり導きの時間が始まった。
「セコヨネーカ、ダモカラエマーオ、ノモカーロオ……」
 御子柴はいつものようにアジブ神降臨のための呪文を唱える。ところが、彼が目を開いた瞬間――
「やっぱいココが一番落ち着っ」
 御子柴の口から飛び出したしゃがれ声と方言。信者たちは戸惑い、古嶋も対応に焦る。
「ア、アジブ神様……?」
「古嶋さん、あたいじゃっど。伊庭ヰレノ。やっぱいココは特別じゃった。じゃっどんアジブ神様は忙しかで、あたいが代わりを頼まれもした」
 御子柴……に憑依した伊庭夫人は胸を張る。古嶋は言うべき言葉を失った。




※2014年10月に執筆。


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