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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第49回   イノチヲカケテ【テーマ:守る】
 王宮は窮屈なところだ。
「口元を扇でお隠しください。大声で笑うなんて、はしたない」
「品の無い言葉遣いはおやめください」
 教育係は事あるごとに私の言動を注意する。王女らしく、優雅に、気品を持って――。ここに来る前にも何百回と言われた。田舎のお城から移ってきて十日余り。まだ公の場には出ていないし接する人間も少ないけれど、そろそろ王女ルアナとして社交界に踏み出さなければならない。
 そんな中、一人の青年を紹介された。
「ルアナ様の護衛です。腕は確かですし、王室への忠誠心も申し分ありません」
「フェイと申します。お側に仕えさせていただきます」
 青年は恭しく跪いた。
「よろしく頼みます」
 儀礼的に返しながら、私は内心震えていた。自分の立場が身に染みる。病や事故で王子が相次いで亡くなり、突如国王から次期女王の指名を受けた妾腹の王女。王座をもくろむ他の王族から見れば目障りな存在だ。護衛を付けられ、命を狙われる危険が現実味を帯びてきた。
「命に代えても、王女様をお守り致します」
 フェイは力強く宣誓した。
 フェイの言葉に嘘は無かった。ほどなく私は王女として宮廷や社交の場に出入りするようになったが、ある日馬車を襲撃された。同乗していたフェイは一人で賊を引き受け、私を逃がした。帰ってきたフェイは腕に怪我をしていた。
「一人に深手を負わせると、他は逃げました。首謀者を聞き出そうとしたのですが、自害してしまい……申し訳ありません」
「そんなことより、早く手当てを」
「これくらいかすり傷です。私の役目は王女様の護衛。王女様の盾として、私はいくらでもこの身を投げ出します」
 フェイの瞳はまっすぐだった。――彼は本当に命を懸けている。フェイの本気が心強い反面、心苦しくもあった。
「何故護衛を引き受けたの? 危険な任務なのに」
 後日、私はフェイに尋ねた。
「国王陛下に御恩があるからです。私は孤児なんですよ。陛下がいらっしゃらなければ、今の私はありません。少しでも陛下のお役に立って恩返ししたいのです」
 王太子時代に陛下は時折お忍びで街に行かれ、その時出会ったらしい。家も無く食べるために盗みを働いていたフェイを哀れに思い、密かに引き取って近しい家臣に養育させていたという。
「陛下直々のご要望ですし、次期女王の護衛ですから光栄です」
 フェイは微笑んだが、私は複雑だった。
(フェイは純粋に感謝してるけれど、本当は……)
 でも、私から告げることはできない。私にも守るべきものがある。
 そのうち陛下が体調を崩され、床に就かれた。チャンスとばかりに私を始末しようとする輩が動く。食事に毒を盛ろうとしたり、外出先に刺客を送り込んだり。フェイはそのたびに私を守ってくれた。捕まった者もいるが、黒幕につながる証拠はまだ無い。
 先日フェイは私を庇って左肩を撃たれた。
「フェイ、休んでて。まだ肩を動かせないでしょ? 私は当分出かけないし、代わりの護衛もいるから」
 フェイは青白い顔で護衛の任務に就こうとする。
「いいえ。私の務めですし、王女様のお側にいなくては」
 フェイは頑固だった。渋々近くに控えることを許したものの、時々痛みに顔をしかめたりしてやはり辛そうだ。
「せめて薬を飲んで。痛み止めを用意させるから」
 私はフェイに眠り薬を飲ませた。こうでもしないと休んでもらえそうにない。
 眠りに落ちたフェイをベッドに運ばせた。寝顔をみつめながら胸が痛んだ。
(私なんかのために……)
 私はフェイの頬にそっと口づけた。
 陛下が回復されると、今度は私が熱を出した。高熱が何日も続き、ようやく落ち着いた時、私の世界は暗闇だった。失明したのだ。
「これでは替え玉は務まらぬな」
 陛下は私に故郷に帰るよう言われた。
 ――私は王女ルアナではない。小さな町で病弱な弟と暮らすただの田舎娘。王女様と瓜二つということで、弟の医者代と引き換えに王女を演じていていたのだ。
「王女様」
 ベッドで体を起こしていると、フェイの声がした。
「もう……知ってるでしょ? 私が本物の王女じゃないって」
「はい、聞きました」
 フェイの気配が近づいた。
「……自分が馬鹿みたいでしょ? 偽物のために体を張って」
「……本物の王女様を守るため、陛下は私にも隠しておられたのですね」
「騙してごめんなさい。でも、私も弟が……」
「謝ることはありません。あなたは自分の責任を果たしただけですから」
 顔は見えないけれど、フェイの声は穏やかだ。
「フェイ、これからどうするの?」
「本物の王女様の護衛に加わることになりました」
「そう……」
 フェイの腕なら当然だろう。ふと、首筋に冷たい物が触れた。
「お別れですね」
 低い声と共に、私の喉を何かが貫いた。
「王室の秘密を言い触らされても困るので」
 体がシーツで包まれる。全ての感覚が閉じていく――。




※2014年9月に執筆。


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