朝、教室に入ると、クラスメイトの視線が私に集まった。 「ひより、その髪どうしたの?」 聞かれて当然だろう。ロングで通してきた私が突然ショートになったのだから。 「ただのイメチェン、気分転換。いい加減鬱陶しかったし」 用意していた答えを返す。 「だけど、今まで切っても整えるくらいで短くしたこと無かったじゃん。もしかして失恋?」 「まさかあ。ひよりのキャラじゃないでしょ」 「ひよりはそんな女々しいことしないって。フラれる前に自分からフッちゃうタイプ」 「だよねー。でもこの髪型、すごくいいよ。ひよりに合ってる。これでバスケしたら、下手な男子よりカッコいいかも」 みんなの言葉に愛想笑いで対応しながら、胸がちくりと痛む。――やっぱり私ってそういうイメージか。 (ひよりは強いから……) 恭ちゃんの声が頭の中でリフレインする。
子供の頃から恭ちゃんが好きだった。二つ年上の幼馴染で、幼稚園、小学校と一緒だった。一つ違いのお姉ちゃんは体が弱くてあまり一緒に外遊びができなかったけれど、その分恭ちゃんが遊んでくれた。バスケも恭ちゃんから教わった。上達すると恭ちゃんが褒めてくれて、それがとてもうれしかった。一緒に練習するのが楽しかった。男の子が内気なお姉ちゃんにちょっかいを出してくると、恭ちゃんと二人で立ち向かった。 「ひより、やるなあ。あいつらタジタジだったじゃん。雪乃、いい妹持ってよかったな」 恭ちゃんのお褒めの言葉が心地良かった。もっと恭ちゃんに認めてもらいたくて、勉強も一生懸命やった。クラスの係を積極的に引き受けた。恭ちゃんが髪の長い子がタイプだって言うから、髪を伸ばした。 中学から恭ちゃんとは別々だったけど、家が近いからたびたび顔を合わせていた。じゃれ合いのようなやりとりも変わらなかった。恭ちゃんに色恋の気配は無く、私は密かに自分が恭ちゃんに一番近い女の子じゃないかと思っていた。恭ちゃんのために頑張ってきたし、恭ちゃんも私を選んでくれるかもしれない。けれども「好きです」とか「付き合ってください」とか言うのは照れ臭かった。 でも高校生になって、きちんと想いを伝えたいと思い始めた。恭ちゃんが県外の大学に行くかもしれない。部活の合宿中に告白の決意を固めた。そして帰ってすぐ恭ちゃんを呼び出したのだけど……。 「ごめん、ひよりの気持ちには応えられない」 玉砕だった。 「ひよりのことは好きだし、妹のように思ってる。だけど、僕が一番大事にしたいのは雪乃なんだ」 まさかの名前を恭ちゃんが口にした。 「雪乃は優しい分繊細で、不安やストレスがすぐ体に出る。そばで支えてやらないと」 混乱する頭で恭ちゃんの言葉を分析しようとした。 「……それって恋愛感情? 本当にお姉ちゃんが好きなの?」 「うん、好きだ。雪乃の笑顔が。雪乃にはいつも笑っててほしい」 即答されてしまった。お姉ちゃんも恭ちゃんに好意を抱いていることはうすうす感じてたけど、気持ちを出さないようにしてるようだったし、私のほうが恭ちゃんと話すことが多かった。二人が両想いなんて……。 「実は昨日、雪乃に『彼女になってほしい』って言ったんだ。OKしてくれたよ。雪乃から聞かなかった?」 「合宿に行ってたから……」 「そうか、悪かった。……でも、ひよりは強いから大丈夫だよな?」 ――強い? その言葉に反発を覚えながらも、私は恭ちゃんに言い返すことも泣いて縋ることもできなかった。恭ちゃんと別れた後、そのまま美容院に向かった。
合宿が終わったら正式にレギュラーを発表するというお達し通り、部活の終わりに監督が全員を集めてメンバーの名前を告げた。 「ひより、おめでとう!」 「やったね!」 「一年からは一人だけ。試合に出られない先輩もいるのに、すごいじゃん」 帰り道、友達が祝福してくれる。 「ひよりは頭もいいもんね。いつも学年十位以内でしょ?」 「出来過ぎだよ。文武両道、手先も器用で、責任感が強くて友達思い。しっかりしてて、クラス委員に推されるのもすごくわかる。あ、髪切ったら少年ぽくて、余計頼もしい感じ。惚れちゃう」 「柚香、ちょっとアブナイよー」 みんなに合わせて笑顔を作ったものの、心は笑ってなかった。――勉強もスポーツもできる。気が強くてしっかり者。だからって……傷つかないわけじゃない。涙を見せないからって、平気なんじゃない。 「あれ? 雨降ってきたよ」 空からの雫たちはあっという間に勢いを増した。 「うそっ、今日そんな予報だった?」 「傘持ってきてないよー」 みんな足を速めた。――今なら少しくらい泣いてもいい。雨だって言い訳できる。 「ひより、急がないと濡れちゃうよ。……ひより?」 ほんの少しのつもりで緩めた心のネジは、一気に弾け飛んでしまった。
※2014年7月に執筆。
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