20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第42回   石蹴り【テーマ:転がる石のように】
 小学生の頃、よく石を蹴りながら学校から帰った。校門を出たら道端に落ちている石を一つ選び、それを蹴る。蹴ったら後を追いかけながら止まるのを待つ。止まったらまたその石を蹴る。それを繰り返すのだ。石は不規則な形をしているから、なかなか狙い通りには転がらない。まっすぐ前に蹴ったつもりでも大抵曲がって進む。通学路は車通りの少ない田舎道だったから、道の真ん中を歩いても咎められることはなかった。石が側溝などに落ちたらゲームオーバー。もう少しで帰り着くならそこで終了、まだ家まで距離がある場合は別の石を探して蹴り始める。一つの石を家までずっと蹴り続けられることは滅多になかった。


「結局よお、上の連中は下っ端の事なんか考えてないんだよなあ。こっちはてめえの滅茶苦茶な指示のもと、必死で働いてるっつうのにさあ」
 隣のテーブルで男が大声でしゃべっている。かなり酔っているらしく、顔が真っ赤だ。連れの男たちも結構な酔い加減のようで、彼に同調するように声を張り上げる。
「そうそう、自分のために働いて当然って態度。『俺の出世に貢献しろ』って言わんばかりだ。役に立たない奴は切り捨てる。代わりはいくらでもいるってか。俺たちゃそこら辺の転がってる石と同じかよ、畜生」
「だいたい組織というやつは冷たいんだよ。でも、個人を大事にしない組織は絶対潰れるって」
 会社の愚痴といったところか。こうやって集まって飲んで発散して、また明日頑張る。一人で酔えない酒を飲む俺とは違い、彼らは建設的だ。
 俺は終電近くまでちびちびやっていた。待っているのは明かりの消えた我が家。玄関に入ると一層の暗がりと静寂が俺を包む。妻はもう寝たのだろう。別々の部屋で休んでいるので、本当に眠っているかはわからないが。
 廊下の電気をつけ、キッチンを目指す。冷蔵庫を開けてウコンドリンクを取り出し、一気に喉に流し込む。――こんな帰宅が続いてもうどれくらいだろうか。
 自室に向かう途中に一人息子の部屋がある。
「一臣、ただいま」
 返事がないことは承知しているが、つい立ち止まって声をかけてしまう。ドアをそっと開け、中に入って電気のスイッチを入れる。
「一臣……」
 乱雑な机の上。本棚には参考書や図鑑、お気に入りの漫画などがぐちゃぐちゃに入れられている。しわくちゃなベッドの上にも漫画やアイドルの写真集が数冊。――一臣が生きていた頃のままだ。


『もうしんどい。ダメ息子でゴメン』
 一臣の携帯に残されていた書き込み。一臣は遮断機を無視して走ってくる電車の前に飛び出した。そして一臣の十七年の人生は幕を閉じた。
「あなたのせいよ! あなたが一臣に厳しすぎたのよ! ちょっと成績が悪いと叱って、遊びとか友達とかも口出しして、いろいろ制限して……。そんなに教師の体面が大事だった? 親は親、子は子でしょ。一臣は勉強もスポーツも苦手だったけれど、素直で気の優しい子だった。なのに、あなたはいつも頭ごなしに怒鳴って……。それでも一臣はあなたの期待に応えようと一生懸命頑張ってた。でも思うようにいかなくて、苦しんで……。あなたが一臣を殺したのよ!」
 妻は俺を責めた。俺は何も言い返せなかった。
「お前の将来のためだ」
 俺は何度も一臣にこう言った。だが、その裏には教師の息子らしく優秀で品行方正であってほしいという願望が確かにあった。一臣もそれを敏感に感じ取っていただろう。しかし、一臣は俺に拳を振り上げて反抗したりはしなかった。口答えすらしなかった。むしろ、俺の望む基準に満たない自分を悪者にして、一人で悩んで抱え込んで……。
 一臣を追い詰めたのは俺だ。こんな結末になるくらいならいっそ刃向かってきてほしかったと思う。でも、一臣にはそれができなかったのだ。優しすぎるほど優しい子だから……。
 何故俺は一臣の良さを一臣が生きているうちに認めてやれなかったのだろう? 子どもは一人一人千差万別だ。なのに、俺は自分の理想を一臣に押し付けていた。俺が描いた道をまっすぐ行け、と。これが一番正しいのだ、と。
 しかし、人は必ずしもまっすぐには歩めない。脇に逸れたり後退したりすることもある。蹴っても思う所には転がらない石のように。
「……落ちたら……ゲームオーバー……」
 視界がぼやけてくる。石とは違い、人間は替えがきかない。わが子の代わりなど存在しないのだ。たとえ他にたくさん子どもがいたとしても、一人失えば親の心にはその子でしか埋められない穴が開いたままだ。
「一臣……」
 俺はしばらく佇んでいた。そして涙を拭い、電気を消して一臣の部屋を出た。




※2014年6月に執筆。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2462