休日なのに遊びにも行けない。しかも制服を着て過ごせ、と。移動の車の中でも僕はため息しか出てこなかった。運転している父さんも助手席の母さんも普段は着ないスーツやワンピースでめかし込んでて、余計に息苦しい。 到着したのは海の近くの白い建物だった。 「トモ、いい加減仏頂面はやめなさい。おめでたい日なんだから」 入り口の前で母さんに注意された。今日、従姉のリホ姉がここで結婚式を挙げる。中に入るとちょっとしたロビーが広がっていて、新郎新婦の友人か同僚らしい人たちがたむろしていた。少し奥に受付があった。母さんが記帳してご祝儀を渡す。父さんも何やら一緒にペコペコしている。 「親族控室はそっち上がった所だって。式も二階でやるみたいよ」 両親に連れられて僕も階段を上った。 控室に足を踏み入れると眩しい白が目に飛び込んできた。――ウェディングドレスに身を包んだリホ姉だ。椅子に腰かけている。リホ姉の両親や他の親戚もいた。 「リホちゃん、綺麗!」 母さんが歓声を上げた。 「リホちゃん、おめでとう。新郎が惚れ直すこと間違いなしのべっぴんさんぶりだね。ヒトシ義兄さん、マユミ義姉さん、おめでとうございます」 父さんがリホ姉たちに挨拶した。ヒトシ伯父さんは新婦の父らしくタキシードみたいな服で、マユミ伯母さんは黒地に刺繍が入った着物を着ている。 「本当におめでとう、リホちゃん。義兄さん、姉さん、おめでとう。――ほら、トモもちゃんと挨拶しなさい」 「……おめでとうございます」 母さんに促されて渋々言った。 「ごめんなさいね、愛想が無くて。反抗期なのかしらね」 母さんがマユミ伯母さんに謝った。 「気恥ずかしいだけよ、きっと。男の子だし、もう中学生なんだし」 マユミ伯母さんは笑っている。 「でも、赤ちゃんの頃から姉さんにもリホちゃんにも可愛がってもらってるのに」 「そういう年頃でしょ。ねえ、トモ君?」 ……居心地が悪い。 「トモ君、少し背が伸びたね」 リホ姉が話しかけてきた。 「最近会ってないもんね。トモ君は部活で忙しいし、私も結婚が決まってバタバタしてたから」 確かに昔はしょっちゅう行き来していた。母さんとマユミ伯母さんが姉妹だし、同じ市内に住んでるからだ。 「これからはちょっと遠くなるけど、県内だから。気軽に遊びに来てね」 リホ姉は微笑んだけど、僕は黙っていた。
チャペルの窓から見える青い海。後ろの扉が開くと、腕を組んだリホ姉とヒトシ伯父さんが現れた。一礼して、二人並んで前へと歩いていく。ヒトシ伯父さんが新郎と礼を交わし、リホ姉を渡す。新郎新婦が誓いの言葉を述べる。指輪の交換。新郎がリホ姉のベールを上げた。誓いのキスが交わされる――。
「リホ姉、大好き。僕が大きくなったらお嫁さんになって」 五歳の時、僕はリホ姉に結婚を申し込んだ。 「いいよ。トモ君がカッコいい大人になったらね」 これがリホ姉の返事だった。高校生だったリホ姉は、きっと幼児の可愛い戯言だと笑って受け流したんだろう。今はもう忘れているかもしれない。そう、子供の頃の話だ。こんな約束を本気にする方がおかしい。ただの思い出、ガキの若気の至り。なのに、どうして……鼻の奥がツンとするんだろう? 胸が痛くて、苦しくて、焼けつくようで……。
人前結婚式の後、集合写真が撮影された。それが終わると一階の披露宴会場に移動する。円いテーブルが何個も並んでいて、一つ一つの席には参列者の名前が書かれた山折りの紙が置かれていた。受付で母さんたちがもらった席次表もあったけど、ここに座れということらしい。自分の席をみつけて腰を下ろした。僕の家族とケンジ伯父さんたちが同じテーブルだった。 「トモ、裏にリホちゃんがメッセージ書いてる。読んでみたら?」 母さんに言われて、名前の紙を手に取った。折り目を開いてみる。
『今日はありがとう。トモ君、小さい頃私にプロポーズしてくれたよね? もうOKはできないけど(笑)、カッコいい大人目指してガンバレ!』
思わず僕は立ち上がった。 「トモ、どこ行くの?」 「トイレ!」 母さんたちに構う余裕なんて無かった。急ぎ足で会場を出て、男性トイレの個室に駆け込む。堰を切ったように溢れ出す涙。トイレットペーパーをちぎって拭いた。 (リホ姉も覚えてたんだ……) 涙が止まらない。鼻水まで出てくる。何度もトイレットパーパーに手を伸ばした。こんな姿、誰にも知られたくない。僕はしばらくトイレに閉じこもっていた。
※2014年5月に執筆。
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