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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第38回   雨に打たれたら【テーマ:激しい雨がふる】
 図書館でレポートを書いていたら、いつの間にか六時を過ぎていた。外に出ると、小雨が降っている。天気予報は日中の降水確率二十パーセント、夜から雨って言ってたけど……。私はバッグから折りたたみ傘を出して広げた。
 歩きながら夕食の献立を考える。冷蔵庫の半端な野菜たち。冷凍のひき肉もそろそろ使い切りたい。昨日買った豆腐もあるし……。一人暮らしだと食材を余らせてかえって高くつくと言う人もいるけれど、やっぱり自炊が一番経済的だし、量も栄養バランスも調整が利く。余り物で適当に作ったものが意外に美味しかったりして、レパートリーが増えるのも楽しい。少し雨が強くなってきたので、足を速めた。
 S大まで徒歩十分という触れ込みだったけれど、実際は十五分かかるマンション。階段下で傘を畳み、集合ポストを確認する。ピンクチラシが入ってるだけだった。ごみ箱に捨てて、鍵を出しながら二階に上がる。共用廊下に足を踏み出した途端、自分の部屋のドアに寄りかかっている人影に気付いた。
「……人ん家の前で何してんの?」
 平静を装って声をかける。
「雨宿り。ついでに飯食わせてもらおうかなって」
 屈託のない笑顔で答えるこの男。
「私にも都合というものがあるんだけど。大体、なんで私が奏輔のためにご飯用意しなくちゃいけないのよ?」
「未織の作る飯、うまいから」
 さらっと返してくるのが憎たらしい。
「どうも。さっさとどいてよ。部屋に入れないんだけど」
「食わせてくれんの?」
「やだ。とっとと帰って」
 奏輔をなんとか押し退け、鍵を差し込んだ。
「いいじゃん、飯くらい。彩香にも俺の事頼まれてんだろ?」
「この間はアンタが風邪で寝込んでるっていうから、彩香が心配して私に差し入れを頼んだだけ。浮気してないか、監視するようには言われてるけどね。……なんで彩香はアンタみたいな男を選んだんだか」
 彩香は高校まで一緒だった一番の親友だ。彩香と奏輔は高二から付き合っている。彩香は地元の短大、奏輔は私と同じくS大に進学して今は遠距離恋愛中。引っ越し前、彩香は冗談交じりに「奏輔をよく見張っててね」と私に言った。
「俺がイイ男だからだろ? お、一緒に食えば監視もバッチリじゃん」
 一人満足げに頷く奏輔。この自己中男。
「だからって、私が手料理振る舞う必要ないでしょ」
 ドアをさっと開け、素早く中に入ろうとした。奏輔がドアの縁に手を掛けて自分も滑り込んでくる。
「バイト代入ったら『レ・フォイユ』の苺タルトおごるから」
 するっと部屋に上り込まれてしまった。
「不法侵入!」
「固いこと言わない。腹減った、何でもいいから作って」
 奏輔はカーペットの上に座ってテレビをつけた。私は諦めて荷物を置き、手を洗って台所に立った。タコライスと中華スープ、豆腐サラダ。簡単に作れるメニューに決めて調理を始めた。

「うまそー」
 テーブルに並べると、奏輔がうれしそうな声を出した。
「食べたら帰ってよ」
 私は釘を刺し、自分も腰を下ろした。
「うん、味付け絶妙、野菜もたっぷり。未織、いい嫁さんになるわ」
 食べながら奏輔が言う。
「……褒めても苺タルト帳消しにしないからね」
「あ、魂胆見え見え?」
 へらっと奏輔が笑う。私は無視して食べることに専念する。
 雨音が激しくなってきた。
「……雨、すごくね? あー、帰るの面倒くさ」
 先に食べ終わった奏輔がごろんと横になった。
「何くつろいでんの? さっさと帰れば?」
「えー、この雨の中? 未織、今晩泊めて」
 不服そうな奏輔。
「……ふざけないでよ!」
 思わず大声を出してしまった。顔が熱い。
「……アンタのそういうとこ、大っ嫌い! 彩香がかわいそう」
 溢れそうな思いを、懸命に親友の心配にすり替える。奏輔は呆気にとられたような顔だ。もっと言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
「……悪い、調子に乗り過ぎた」
 おもむろに奏輔が口を開き、立ち上がった。
「俺、だらしなく見えるかもしれないけど、彩香を大事に思ってるのは本当だから。……帰るわ」
 奏輔は出て行き、ドアがバタンと閉まった。……悟られてないだろうか? 残りのご飯を口に押し込む。涙が出てきた。
 奏輔の彩香への思いはわかってる。おちゃらけてるようで、根は真面目だということも。だから彩香も奏輔を信じている。私は彩香の親友として、二人の幸せを願っている。それは嘘じゃない。なのに、奏輔のちょっとした仕草にドキドキして、異性として見られてないことが悲しくて。そんな心を隠すために刺々しい態度を取ってきたのに。
 また雨が激しさを増したようだ。……奏輔、傘持ってたっけ? 慌てて外に出たけれど、今更遅かった。ずぶ濡れで帰ったかもしれない。
 私も雨に打たれようか? この横恋慕の火が消えるなら……。斜めに落ちる雨の銀糸を見ながら、そんなことを思った。




※2014年4月に執筆。


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