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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第37回   プリマヴェーラ【テーマ:太陽のせい】
 あの日雨が降っていたら、空がどんより曇っていたら、君と出会うことは無かっただろう。風が強かったり、寒かったりしてもあの出会いは無かった。よく晴れた穏やかな春の一日。だからこそ、僕のような出不精も珍しく外で昼を食べる気になったんだ。
 あの日、午前の就業時間が終わると、春の陽気に誘われるように僕は会社の外に出た。そしてコンビニでお茶とおにぎりを買い、公園に向かった。木陰のベンチをみつけ、腰掛けた。心地よい木漏れ日に爽やかな風、目に映る色とりどりの花々。僕はゆっくり深呼吸した。たまにはこういうランチも悪くない。鼻歌交じりにおにぎりのビニールをはがし、いざかぶりつこうとした瞬間――君が現れたんだ。
 花模様のスカートに若草色のカーディガンがふわりと揺れる。長い黒髪がそよ風になびいて……。切れ長の目、愛らしい唇、ほんのり染まった頬。柔らかな日差しを纏う君は春の女神そのものだった。僕はおにぎりの存在など忘れ、ただ君に見惚れていた。
 次の日も、その次の日も、またその次の日も、僕は昼休みになると公園のベンチに向かった。もちろん君に会うためだ。君の会社は僕の会社の近くなんだね。毎日お昼を買いに外に出るんだね。内勤で昼も社食ばかりだった僕は知らなかったよ。
 園宮美桜――君の名前。カーサ・ヴィオレ三○二号室――君の住んでいる部屋。映画鑑賞、クロスワード――君の趣味。苦手なのはゴキブリとナメクジ。駅前の『マシェル』のチーズケーキがお気に入りで、時々買って帰る。ちょっぴり引っ込み思案だけど裏表が無い優しい性格で、会社でも信頼されている。中学からの親友を大事にしていて、今でもしょっちゅうやりとりしている。……君のことを知れば知るほど、君に惹かれている自分を自覚する。はにかむ君。僕の視線に気付いて恥ずかしそうに俯く君。君の表情一つで、僕は幸せな気持ちでいっぱいになる。インドア派のはずの僕が、外出が苦にならなくなった。僕を変えたのは君だ。きっかけはあの出会い。春の太陽がくれた出会いだよ。あの日の太陽が僕を外へと誘い、君と引き合わせたんだ。
 今日は君の誕生日だね。君の大好きなガーベラを花束にして、プレゼントを用意して、君の部屋に行くよ――。

「ストーカー規制法って知ってるよな?」
 訪ねてきた警官が僕に言う。
「被害者から相談があった。度重なる待ち伏せや付きまといに迷惑していると。君に園宮美桜さんへの接近をやめるよう警告する」
「どうしてですか? 僕らは愛し合ってるのに」
 何故警告を受けるのか、理解できない。
「君が思い込んでるだけだ。彼女は君を嫌がっている」
「恥らってるだけですよ。大人しい子だし」
 彼女、シャイだからね。
「その大人しい彼女が、思い余って警察に相談してきたんだ」
 警官がため息を吐いた。
「誰かに好意を持つのは人として自然なことなんだが、相手が嫌がることをしちゃダメだ。どうして彼女に付きまとうようになった?」
「どうしてって……太陽がそうさせたんです」
 そう、あの春の太陽が僕らを結びつけた。
「……カミュの『異邦人』の受け売りか?」
 警官がこわばったような顔で呟く。
「何ですか、それ?」
「……知らないならいい。とにかく、彼女に近づかないように。ちゃんと警告したからな。これからもストーカー行為を続けるようなら、告訴されて相応の処罰を受けることになるぞ」
 言い残して警官は帰っていった。
 ――処罰? 僕が何の罪を犯したっていうんだ? ねえ、君。僕はただ君を好きになっただけ。これが罪だというのかい? そんなはずはないよね。
 明日は君が楽しみにしてた映画の試写会だね。もちろん行くだろう? 楽しんでおいで。僕は残業で行けないけど、終わる頃には会場の外で君を待ってるから……。




※2014年4月に執筆。


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