カーラは愛する夫の帰りを待っていた。二人で働いて買った町はずれの小さな家を、決して離れようとはしなかった。 「必ず帰ってくるから」 出征する時、彼はこう約束したのだ。孤児だった彼には、他に肉親も家も無い。 (リオンは嘘を吐かないもの。必ずここに帰ってくるわ。この家が無くなったら、リオンはどこに帰ればいいのかしら?) カーラにとっても家族はリオンだけだ。カーラはリオンの無事を信じ、来る日も来る日も待ち続けた。
リオンはぎゅうぎゅう詰めだった列車から降りた。駅も人でごった返している。リオンと同じように下車する者、出迎える者、物乞いにかっぱらい。雑踏と喧騒の中、リオンは右足を引きずりながら歩を進めた。身に着けている軍服は汚れて所々破れている。すすにまみれたような顔は、よく見るとあまり血の気が無い。しかし、リオンはそのようなことに頓着していなかった。ようやく戦争が終わって家に戻れるのだ。 (帰ろう……。カーラが待ってる……) 彼の頭の中を占めているのはその思いだけだった。 本来ならば、リオンはもっと先の駅で降りるはずだった。だが、度重なる空爆で線路も被害を受け、列車は限られた区間しか走っていない。家にたどり着くまで、三日は歩かねばならないだろう。手紙を書く余裕もなかったので、何も知らないカーラは心細い思いをしているかもしれない。 「私、待ってるから。絶対帰ってきてね!」 見送る時、ちぎれそうなほど手を振っていたカーラを思い出す。早く帰って安心させてやらなくては。リオンは逸る気持ちで一歩一歩進んだ。 いくつもの町や村を通り過ぎる。建物が倒壊していたり、焼け落ちていたり、一角が焼け野原になっていたり、戦争の爪痕が残る場所もある。そういうところは人もまばらで、皆うつろな表情をしていた。しかし、それらの光景は、リオンの目に映りはすれども残りはしなかった。 (カーラ……) リオンは一心に歩き続けた。 歩き始めて三日目、日が落ちてからリオンは故郷の町に到着した。フラフラになりながら我が家を目指して夜道を歩く。あと少しだ。昼間なら赤い屋根と白い壁がもう見えているはずだ。 「リオン?」 聞き覚えのある声。リオンは歩みを止めて闇に目を凝らした。ぼんやりした輪郭が、愛しい妻の姿に変わっていく。 「カーラ……!」 リオンはびっこを引きながら家の前に立っている妻に駆け寄り、思いきり抱きしめた。 「……お帰りなさい、リオン」 泣き笑いのような顔で声を絞り出したカーラに、リオンは口づけた。そして二人は肩を寄せ合って家に入った。
翌日、屋根も壁も半分崩れ落ちた小さな家を朝日が照らした。その中には、しゃれこうべを抱えて横たわるリオンの姿があった。口元には微笑みを浮かべている。その体は冷たく、二度と動くことは無かった。
※2014年3月に執筆。
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