ルクが朝食をとっているとラミナがやってきた。 「お、おはよう。今日は早いね」 ラミナが来るようになってひと月になるが、ルクはまだ慣れない。 「今日の最初の患者さん、八時半に来るでしょ? それまでに片付けと掃除やっとかないと」 村はずれの小さな家は、居住スペースがそのまま診療所になる。ルクは使った物をそのままにしてしまう癖がある。来客対応も不得手なので、ラミナが手伝いを申し出たのだ。 「さっさと食べちゃって。それから、寝癖ついてる。鏡見て直したら?」 「う、うん……」 しっかり者のラミナに、ルクはいつも押され気味になる。 朝食を終えたルクは鏡の前に立った。赤い瞳で寝癖を確認する。 (ホントだ、はねてる) 紫の髪に手をやる。この独特のコントラストは生まれつきだ。 (鏡なんて大嫌いだったのに……) 自分の姿をちゃんと見ている自分が、ルクには信じられなかった。
ルクはその容姿から悪魔の申し子、忌み子などと言われてきた。父親がわからないことも村人の蔑みを増長させた。村でよくないことが起こるとルクのせいにされる。大人も子供もルクを忌み嫌う。ルクと親しくなろうとする者は誰もいなかった。 「あなたは私の天使。神様が授けてくださった奇跡の子よ」 母だけはそう言って抱きしめてくれたが、ルクの悲しみは癒えなかった。 (こんな姿じゃなかったら……) 何度そう思ったことだろう。外出するときはいつもフードを被った。鏡を見るとつらい気持ちになる。だから見ないようにしていた。母が亡くなってからは、ルクの孤独は更に増した。 そんな日々が変わったのは半年前だ。転寝をしていたルクは不思議な声を聞いた。 「汝の苦しみは終わる。奇跡を見よ」 その翌日、道ですれ違った村長が急に胸を押さえて呻きだした。他に人はいない。ルクは駆け寄った。屈んでいる村長を抱き起こそうとすると、ルクの右手が光り始めた。光はどんどん強くなり、村長の胸に吸い込まれて消えた。 「何を……した?」 痛みが去った村長は面食らっている。ルクも何が起こったのかわからなかった。後日、村長は長年の心臓の病がすっかり良くなっていることを知った。 この話を聞いて、ある村人がルクに傷の治療を頼んでみた。やはりルクの右手が光り、光を吸い込んだ傷口は一瞬でふさがった。 「ルクの奴、どんな病気も怪我も治しちまうんだよ」 「右手で触るだけだろ? すげえよな」 噂は村中に広まり、ルクに対する皆の態度は変わった。にこやかに話しかけてくるようになり、他の村や町からも病人がルクの元を訪れるようになった。ルクに来てほしいと手紙をよこす者も現れた。 「いっそのこと、診療所をやったらどうだ?」 村長のアドバイスにルクは従った。人に認められる喜びをルクは初めて味わっていた。 (奇跡ってこういうことだったのか) いじめられることも無視されることもない。人が自分を必要としてくれる。自分が人の役に立って喜ばれる。ラミナのように自分を助けてくれる者まで出てきて、こんなに幸せでいいのかとルクは戸惑っていた。
ところが、ルクの奇跡は突然終わりを告げた。隣町で病人を癒して帰る途中、暴漢に右腕を切り落とされてしまったのだ。患者を盗られたとルクを妬む医者や薬屋の仕業だった。激痛と熱に苦しむルクをラミナは懸命に看護した。だが、他の者たちは再びルクに蔑みの目を向け始めた。 「自分の腕は治せないのかよ」 「所詮ルクさ。やっぱり不幸を招くんだな」 「あの治療も、悪魔の力だったんじゃねえの?」 熱が下がり少し落ち着いたルクだったが、人々が自分から離れていくのを黙って見ているしかなかった。 (束の間の奇跡、か……) 嫌われるのは慣れている。昔に戻っただけだ。しかし、ルクは以前よりも深い悲しみと痛みを覚えた。 「ラミナ……いつもありがとう。もう大丈夫だから。僕なんかのところに来なくてもいいよ」 ある日、ルクは意を決してラミナに告げた。ラミナは毎日のようにやってきては傷の消毒や部屋の掃除、料理などをしてくれる。 「私が来たいのよ」 ラミナは笑って答える。 「いつまでも悪魔の家なんかに出入りしないほうがいいよ。君まで白い目で見られる」 ルクはあえて自分の蔑称を口にした。 「私は平気よ。ルクは悪魔なんかじゃないし。……好きな人のお世話をしちゃいけない?」 言いながらラミナは少し顔を赤らめた。 「確かに昔はルクと関わっちゃいけないって思ってた。災いが寄ってくるんじゃないかって。だけど、一緒にいても何も起こらないし、ルクがとても優しい人だってわかった。不器用だけど一生懸命で、心がきれいで……。私、そばにいたいって思うの」 ラミナがルクの頬に口づける。五秒後、ルクの顔が真っ赤になった。ルクの人生に消えない明かりが灯った瞬間だった。
※2014年3月に執筆。
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