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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第34回   奇跡は訪れる【テーマ:奇跡】
 ルクが朝食をとっているとラミナがやってきた。
「お、おはよう。今日は早いね」
 ラミナが来るようになってひと月になるが、ルクはまだ慣れない。
「今日の最初の患者さん、八時半に来るでしょ? それまでに片付けと掃除やっとかないと」
 村はずれの小さな家は、居住スペースがそのまま診療所になる。ルクは使った物をそのままにしてしまう癖がある。来客対応も不得手なので、ラミナが手伝いを申し出たのだ。
「さっさと食べちゃって。それから、寝癖ついてる。鏡見て直したら?」
「う、うん……」
 しっかり者のラミナに、ルクはいつも押され気味になる。
 朝食を終えたルクは鏡の前に立った。赤い瞳で寝癖を確認する。
(ホントだ、はねてる)
 紫の髪に手をやる。この独特のコントラストは生まれつきだ。
(鏡なんて大嫌いだったのに……)
 自分の姿をちゃんと見ている自分が、ルクには信じられなかった。

 ルクはその容姿から悪魔の申し子、忌み子などと言われてきた。父親がわからないことも村人の蔑みを増長させた。村でよくないことが起こるとルクのせいにされる。大人も子供もルクを忌み嫌う。ルクと親しくなろうとする者は誰もいなかった。
「あなたは私の天使。神様が授けてくださった奇跡の子よ」
 母だけはそう言って抱きしめてくれたが、ルクの悲しみは癒えなかった。
(こんな姿じゃなかったら……)
 何度そう思ったことだろう。外出するときはいつもフードを被った。鏡を見るとつらい気持ちになる。だから見ないようにしていた。母が亡くなってからは、ルクの孤独は更に増した。
 そんな日々が変わったのは半年前だ。転寝をしていたルクは不思議な声を聞いた。
「汝の苦しみは終わる。奇跡を見よ」
 その翌日、道ですれ違った村長が急に胸を押さえて呻きだした。他に人はいない。ルクは駆け寄った。屈んでいる村長を抱き起こそうとすると、ルクの右手が光り始めた。光はどんどん強くなり、村長の胸に吸い込まれて消えた。
「何を……した?」
 痛みが去った村長は面食らっている。ルクも何が起こったのかわからなかった。後日、村長は長年の心臓の病がすっかり良くなっていることを知った。
 この話を聞いて、ある村人がルクに傷の治療を頼んでみた。やはりルクの右手が光り、光を吸い込んだ傷口は一瞬でふさがった。
「ルクの奴、どんな病気も怪我も治しちまうんだよ」
「右手で触るだけだろ? すげえよな」
 噂は村中に広まり、ルクに対する皆の態度は変わった。にこやかに話しかけてくるようになり、他の村や町からも病人がルクの元を訪れるようになった。ルクに来てほしいと手紙をよこす者も現れた。
「いっそのこと、診療所をやったらどうだ?」
 村長のアドバイスにルクは従った。人に認められる喜びをルクは初めて味わっていた。
(奇跡ってこういうことだったのか)
 いじめられることも無視されることもない。人が自分を必要としてくれる。自分が人の役に立って喜ばれる。ラミナのように自分を助けてくれる者まで出てきて、こんなに幸せでいいのかとルクは戸惑っていた。

 ところが、ルクの奇跡は突然終わりを告げた。隣町で病人を癒して帰る途中、暴漢に右腕を切り落とされてしまったのだ。患者を盗られたとルクを妬む医者や薬屋の仕業だった。激痛と熱に苦しむルクをラミナは懸命に看護した。だが、他の者たちは再びルクに蔑みの目を向け始めた。
「自分の腕は治せないのかよ」
「所詮ルクさ。やっぱり不幸を招くんだな」
「あの治療も、悪魔の力だったんじゃねえの?」
 熱が下がり少し落ち着いたルクだったが、人々が自分から離れていくのを黙って見ているしかなかった。
(束の間の奇跡、か……)
 嫌われるのは慣れている。昔に戻っただけだ。しかし、ルクは以前よりも深い悲しみと痛みを覚えた。
「ラミナ……いつもありがとう。もう大丈夫だから。僕なんかのところに来なくてもいいよ」
 ある日、ルクは意を決してラミナに告げた。ラミナは毎日のようにやってきては傷の消毒や部屋の掃除、料理などをしてくれる。
「私が来たいのよ」
 ラミナは笑って答える。
「いつまでも悪魔の家なんかに出入りしないほうがいいよ。君まで白い目で見られる」
 ルクはあえて自分の蔑称を口にした。
「私は平気よ。ルクは悪魔なんかじゃないし。……好きな人のお世話をしちゃいけない?」
 言いながらラミナは少し顔を赤らめた。
「確かに昔はルクと関わっちゃいけないって思ってた。災いが寄ってくるんじゃないかって。だけど、一緒にいても何も起こらないし、ルクがとても優しい人だってわかった。不器用だけど一生懸命で、心がきれいで……。私、そばにいたいって思うの」
 ラミナがルクの頬に口づける。五秒後、ルクの顔が真っ赤になった。ルクの人生に消えない明かりが灯った瞬間だった。




※2014年3月に執筆。


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