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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第33回   ぺたんこトライアングル【テーマ:三角関係】
 奈結は保健室のベッドで目を覚ました。
「大丈夫か?」
 傍らの篤樹の輪郭が徐々にはっきりしてくる。
「あっくん……」
「カエルの解剖は奈結にはきつかったか。グロいの苦手だもんな」
 篤樹が奈結の頭をそっと撫でる。奈結は自分が生物の時間に倒れたことを思い出した。
「もうすぐ四時間目始まるから、俺戻るわ。奈結も元気になったら教室来いよ。昼、一緒に食おうぜ」
 篤樹は奈結のベッドを離れた。
「先生、もうしばらくお願いします」
 養護教諭に挨拶して篤樹は保健室を出て行った。養護教諭が奈結に話しかける。
「越原君、ずっと相川さんに付き添ってたのよ。優しい彼氏ね」
(優しい彼氏……)
 奈結の胸がちくりと痛んだ。篤樹の本当の恋人は自分ではないから――。

 奈結と篤樹は幼馴染で同い年だ。住んでいるのが同じマンションということもあり、家族同士も交流がある。内気で引っ込み思案な奈結を、篤樹は昔からリードしたりかばったりしてきた。奈結は篤樹を慕うようになり、次第にそれは恋心へと変わっていった。
 中学二年の時、篤樹はある女子から告白されたが、きっぱり断った。
「俺には奈結がいるから」
 こうして篤樹と奈結はカップルだと認識されるようになった。高校でもそのように見なされている。奈結は幸せだった。自分の想いをはっきり伝えたことも「付き合おう」と言われたこともないけれど、そばにいるのが自然で、それが嬉しくて……。篤樹も同じ気持ちだと思っていた。手を出してこないのは自分を気遣ってくれているのだと信じていた。あの子の存在に気付くまでは――。

 奈結は四時間目の途中で教室に戻り、午前の授業が終わると篤樹と弁当を広げた。
「よかった、食欲あって」
 篤樹が安堵したように言う。
「相変わらず仲いいなー。独りモンには目の毒だわ」
 クラスメイトがからかい気味に教室を出て行く。奈結は箸を置き、篤樹を見た。
「……あっくん、あの……」
「ん?」
「……いいんだよ? 無理に私といなくても」
「別に無理してないけど?」
「だって……あっくん、ホントは私のこと……」
「俺、奈結のこと好きだよ? 嫌いな奴と一緒にいるわけないじゃん」
 優しく微笑む篤樹。奈結は目を伏せた。――わかってる、あっくんは嘘をついてるわけじゃない。だけど……。
「食べないの? ニラ入りの卵焼き、好きだろ?」
 篤樹に促され、奈結は再び箸を手にした。

「篤樹、奈結ちゃん来たわよ」
 数学の問題を解いていた篤樹は、母の声を聞いて立ち上がった。自室のドアが開くのを待つ。すぐに見慣れた少女が部屋に入ってきた。
「篤樹、お待たせ」
 抱きつかれた篤樹は、嬉しそうに少女の背に手を回した。
「ユナ……」
 ひとしきり抱き合うと、今度は唇を求め合う。
「……辛かったんじゃない? 保健室で二人きりのチャンスもあったのに、私が出てこないから」
 体を離した少女が、挑発するように篤樹に問う。
「呼んだら出てきてくれた?」
「さあ? ……別に奈結が相手でもいいじゃない。体は同じなんだし、キスでもセックスでも」
「俺の気持ち知ってて、そんなこと言うわけ?」
 篤樹はもう一度ユナの唇を塞いだ。
 ユナは奈結のもう一つの人格だ。篤樹が知ったのは中学一年の夏休みだった。宿題を一緒にしていると、突然奈結が体をすり寄せてきて驚いた。呼び方も普段の「あっくん」ではなく「篤樹」。それ以降、ユナはしばしば現れるようになった。馴れ馴れしいかと思えば急に突き放すような態度。手玉に取られるような感覚が新鮮で、篤樹は蠱惑的なユナにすっかり魅了されてしまった。内向的すぎる奈結が篤樹への思いを募らせる中で生まれた人格なのかもしれない。ユナはユナの意志で表に出てくるようだが、夕方を過ぎてからのことが多い。また、今のところ篤樹の前以外では鳴りを潜めているらしい。
「あ、言おうと思ってたんだけど、この間みたいにキスの途中で奈結に代わるの無しにして。あれで奈結もユナに気付いちゃたし」
 篤樹が腕の中のユナに言った。
「私は自分のしたいようにするだけよ。たまには刺激があってもいいじゃない? ……そうだ、篤樹以外の男と付き合うのもアリかもね。城戸先輩とか、ちょっといいかも」
「ダーメ、俺だけのユナでいて」
 篤樹が腕に力を込めた。
「もう、独占欲強いわね。奈結ごと自分に縛り付けてんだから」
 ユナが笑いながら篤樹の胸を小突く。
「奈結のことも嫌いじゃないんだぜ? でも、ちょっと物足りないっつーか……」
「私に満足させてほしい?」
「そういうこと」
 二人は微笑み合い、ベッドに倒れ込んだ。




※2014年2月に執筆。


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