夢を見てた。小さい頃の夢。 「このおじさんと大事な話があるの。和葉、外で遊んでて」 ママに言われて、私は一人家を出た。川沿いの道をてくてく歩く。懐かしい旋律が聞こえてきた。河原でギターを弾きながら歌ってる人がいる。私は注意しながら土手を降りた。――そこで目が覚めた。 隣で髪の薄いおじさんがイビキをかいている。数時間前に会ったばかりの人。私はベッドから起き上がって服を着た。前払いでもらってるし、先に出ても問題ない。私はさっさとホテルと後にした。 ダルいけど、一旦家に帰った。ちょっと休んだら学校の準備だ。ママとはほとんど口を利かない。ママも私に何も言わない。昔からどこか母親らしさが欠けてると思う。いきなり外に出されるのもしょっちゅうだったし。ママがその時何をしてたのか……。今は別の人が相手みたいだけど。パパはパパで女の所に入り浸って、滅多に帰ってこない。 昼休みにスマホでサイトの書き込みをチェックした。――Q駅に六時、か。ご飯もおごってくれる、ラッキー。OKの返事をした。 夕方、着替えてQ駅に向かった。時間が早いので、少しぶらつく。ロータリーを抜けようとしたら、横でギターが鳴り始めた。路上ライブか。……あれ? この曲どこかで……。
世界が全て偽りでも この温もりは信じていたい 君こそ僕のたった一つの真実……
曲が終わると、まばらな拍手が起こった。一人がギターケースに小銭を投げた。 「ありがとうございます!」 にこっと頭を下げるストリートミュージシャン。この笑顔……もしかして……。 「広夢お兄ちゃん?」 おそるおそる声を掛けた。ミュージシャンは少し怪訝そうだ。私をじろじろ見る。 「あの、香津岐川でよく今の曲を……」 こう言うと、動きが一瞬止まった。 「……和葉ちゃん?」 目が合う。私は頷いた。 「うわー、大きくなってー……って、俺、オッサンみたいじゃん」 広夢お兄ちゃんにつられて私も笑ってしまった。 昔、一人で外をブラブラしてた時に出会ったのが広夢お兄ちゃんだ。当時、お兄ちゃんは高校生だった。河原で曲を作ってて、物珍しそうにギターを見ていた私に声を掛けてくれたのが最初だった。そして時々会うようになり、お兄ちゃんの作った曲を聴いたり、弾き方を教わったり、一緒に歌ったりしてた。お兄ちゃんが引っ越して以来だ。歌手になりたいって言ってたけど、まだ夢を追いかけてたんだ。 「広夢お兄ちゃん、歌もギターも上達したね」 「あのね……」 怒っているようで目元は優しい。昔のまんまだ。 「ホントに良かったよ。もっと聴きたいけど、待合せなの。いつもここでやってるの?」 「ああ」 「じゃ、また来るね。あ、これ」 私は財布から千円札を二枚抜き取り、ギターケースに入れた。 その後、広夢お兄ちゃんの路上ライブが私の楽しみになった。その時間だけは約束を入れない。ライブの後に一緒にご飯を食べたりもする。 「親はいい加減諦めて定職に就けって言うんだけどさ。もうちょっと粘りたいわけよ」 「お兄ちゃんの歌いいもん。デビューできるよ」 「お、頼もしいお言葉。和葉ちゃんの夢は?」 「えっと、私は……」 「まだ若いもんな。ゆっくり探すのもいいさ……って、なんかジジくさっ」 お兄ちゃんといるとホッとする。 お兄ちゃんは小さなライブハウスに出ることもある。私はもちろんチケットを買って行く。他のバンドも出るけど、お兄ちゃんの曲が一番しっくりくる感じがする。 三ヶ月ほど過ぎたある日、いつものように路上ライブ後に話しかけたら、お兄ちゃんの表情が曇った。 「どうしたの? 何かあった?」 広夢お兄ちゃんは私をじっと見た。 「心配事があるなら言ってよ。私、聞いてあげるよ」 お兄ちゃんはしばらく黙っていたけど、ゆっくり口を開いた。 「和葉ちゃんさ……いつも来てくれて、カンパとかチケットとかありがたいんだけど…… お金、どうしてるの?」 「お小遣いとか、バイト代だよ」 私は努めて明るく言った。 「高校生でそんなにもらえる? ……この間ライブハウスに来た人がさ、和葉ちゃん見て……その……」 ……まさか、前に相手した人? それとも見てた人? 「その人の勘違いだよね? 人違いとか……」 言葉が出てこない。気付いたらその場を逃げ出していた。 ――どうして? 誰に知られようが補導されようが構わないと思ってたはずなのに。私、なんで泣いてるの? 私、私は……。
三日後、授業を終えたら広夢お兄ちゃんが校門の外で待っていた。 「電話もメールも無視ってひどくない?」 逃げようとする私の腕を掴む。引き寄せられてしまった。 「これだけは言わせて。俺は何があっても和葉ちゃんを嫌いにならないから。――また俺の歌聴きに来てよ」 お兄ちゃんが私の頭をポンポンと叩いた。とても温かい手だった。
※2014年1月に執筆。
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