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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第29回   La main chaude【テーマ:再会】
 夢を見てた。小さい頃の夢。
「このおじさんと大事な話があるの。和葉、外で遊んでて」
 ママに言われて、私は一人家を出た。川沿いの道をてくてく歩く。懐かしい旋律が聞こえてきた。河原でギターを弾きながら歌ってる人がいる。私は注意しながら土手を降りた。――そこで目が覚めた。
 隣で髪の薄いおじさんがイビキをかいている。数時間前に会ったばかりの人。私はベッドから起き上がって服を着た。前払いでもらってるし、先に出ても問題ない。私はさっさとホテルと後にした。
 ダルいけど、一旦家に帰った。ちょっと休んだら学校の準備だ。ママとはほとんど口を利かない。ママも私に何も言わない。昔からどこか母親らしさが欠けてると思う。いきなり外に出されるのもしょっちゅうだったし。ママがその時何をしてたのか……。今は別の人が相手みたいだけど。パパはパパで女の所に入り浸って、滅多に帰ってこない。
 昼休みにスマホでサイトの書き込みをチェックした。――Q駅に六時、か。ご飯もおごってくれる、ラッキー。OKの返事をした。
 夕方、着替えてQ駅に向かった。時間が早いので、少しぶらつく。ロータリーを抜けようとしたら、横でギターが鳴り始めた。路上ライブか。……あれ? この曲どこかで……。

  世界が全て偽りでも
  この温もりは信じていたい
  君こそ僕のたった一つの真実……

 曲が終わると、まばらな拍手が起こった。一人がギターケースに小銭を投げた。
「ありがとうございます!」
 にこっと頭を下げるストリートミュージシャン。この笑顔……もしかして……。
「広夢お兄ちゃん?」
 おそるおそる声を掛けた。ミュージシャンは少し怪訝そうだ。私をじろじろ見る。
「あの、香津岐川でよく今の曲を……」
 こう言うと、動きが一瞬止まった。
「……和葉ちゃん?」
 目が合う。私は頷いた。
「うわー、大きくなってー……って、俺、オッサンみたいじゃん」
 広夢お兄ちゃんにつられて私も笑ってしまった。
 昔、一人で外をブラブラしてた時に出会ったのが広夢お兄ちゃんだ。当時、お兄ちゃんは高校生だった。河原で曲を作ってて、物珍しそうにギターを見ていた私に声を掛けてくれたのが最初だった。そして時々会うようになり、お兄ちゃんの作った曲を聴いたり、弾き方を教わったり、一緒に歌ったりしてた。お兄ちゃんが引っ越して以来だ。歌手になりたいって言ってたけど、まだ夢を追いかけてたんだ。
「広夢お兄ちゃん、歌もギターも上達したね」
「あのね……」
 怒っているようで目元は優しい。昔のまんまだ。
「ホントに良かったよ。もっと聴きたいけど、待合せなの。いつもここでやってるの?」
「ああ」
「じゃ、また来るね。あ、これ」
 私は財布から千円札を二枚抜き取り、ギターケースに入れた。
 その後、広夢お兄ちゃんの路上ライブが私の楽しみになった。その時間だけは約束を入れない。ライブの後に一緒にご飯を食べたりもする。
「親はいい加減諦めて定職に就けって言うんだけどさ。もうちょっと粘りたいわけよ」
「お兄ちゃんの歌いいもん。デビューできるよ」
「お、頼もしいお言葉。和葉ちゃんの夢は?」
「えっと、私は……」
「まだ若いもんな。ゆっくり探すのもいいさ……って、なんかジジくさっ」
 お兄ちゃんといるとホッとする。
 お兄ちゃんは小さなライブハウスに出ることもある。私はもちろんチケットを買って行く。他のバンドも出るけど、お兄ちゃんの曲が一番しっくりくる感じがする。
 三ヶ月ほど過ぎたある日、いつものように路上ライブ後に話しかけたら、お兄ちゃんの表情が曇った。
「どうしたの? 何かあった?」
 広夢お兄ちゃんは私をじっと見た。
「心配事があるなら言ってよ。私、聞いてあげるよ」
 お兄ちゃんはしばらく黙っていたけど、ゆっくり口を開いた。
「和葉ちゃんさ……いつも来てくれて、カンパとかチケットとかありがたいんだけど……
お金、どうしてるの?」
「お小遣いとか、バイト代だよ」
 私は努めて明るく言った。
「高校生でそんなにもらえる? ……この間ライブハウスに来た人がさ、和葉ちゃん見て……その……」
 ……まさか、前に相手した人? それとも見てた人?
「その人の勘違いだよね? 人違いとか……」
 言葉が出てこない。気付いたらその場を逃げ出していた。
 ――どうして? 誰に知られようが補導されようが構わないと思ってたはずなのに。私、なんで泣いてるの? 私、私は……。

 三日後、授業を終えたら広夢お兄ちゃんが校門の外で待っていた。
「電話もメールも無視ってひどくない?」
 逃げようとする私の腕を掴む。引き寄せられてしまった。
「これだけは言わせて。俺は何があっても和葉ちゃんを嫌いにならないから。――また俺の歌聴きに来てよ」
 お兄ちゃんが私の頭をポンポンと叩いた。とても温かい手だった。




※2014年1月に執筆。


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