手足を縛られ床に転がされた谷を、鳴沢は冷たく見下ろした。 「鳴沢、何の真似だ!?」 叫ぶ谷の腹を鳴沢は蹴った。谷が呻く。 「いつも無茶ばっか言いやがって。ストレスなんだよ。何でも下に押し付けんじゃねえ!」 鳴沢は左手で谷の胸倉を掴み、上体を浮かせた。右手で頬を殴りつける。谷は再び床に倒れた。鼻血が出た顔を苦痛に歪ませ、体を捩る。鳴沢はその頭を足で踏んだ。 「課長風情がエラそうによお」 こめかみを数回踵で押し、鳴沢は谷から離れた。懐から拳銃を取り出す。 「六発全部使うか……」 鳴沢は銃を構えた。 「や、やめろ! 冗談はよせ!」 喚く谷の右太腿を銃弾が貫いた。続いて右肩を弾がかすめる。 「やめてくれ! こんなこと許されるのか!?」 ――いいんだよ、夢なんだから。鳴沢は谷の腹を撃ち、今度は頭に狙いを定めた。
きっかけは娘を連れて行った喫茶店だった。小学生の莉乃は愛犬の死にふさぎ込んでいた。パフェでも食べさせてやろうと誘ったのだ。 「……オズ、アイスクリーム好きだったよね」 パフェを食べながらも莉乃は愛犬を思う。鳴沢の心は痛んだ。 「オズにも食べさせてあげたい。これ、一口で食べちゃうかな……オズ……」 莉乃は涙ぐんでしまった。 「悲しいけど、いつかはお別れが来るんだ。でも、莉乃にはオズとの思い出がたくさんあるだろ? 楽しい思い出を大事にすればいい。オズのためにも元気を出そう?」 鳴沢が言っても、莉乃の顔は曇っている。 「オズに会いたい……」 「死んだら生き返れない。夢の中なら会えるかもしれないけど……」 「……パパ、会わせて。莉乃の夢に、オズを連れて来て……」 ボロボロ涙を流す莉乃。鳴沢は困ってしまった。 「お嬢さんの願い、叶えて差し上げましょうか?」 莉乃がトイレに立った時、隣の男が声を掛けてきた。 「失礼、聞こえたもので。夢で、でしたらオズ君と会えますよ」 戸惑う鳴沢に男は名刺を差し出した。『恵夢工房 調夢師 綾須颯』と書いてある。 「チョウ……ムシ?」 聞いたことがない肩書きだ。 「はい、ご要望に合わせて夢を調合致します」 綾須は微笑んで答え、鞄から飴玉のようなものを取り出した。 「調合した夢の素『夢玉』です。レム睡眠時に見たい夢を見ることができます。使い方は、就寝前かお休み中に袋から出して額に当てるだけ。十秒ほどで溶けて、成分が脳に浸透していきます。心地よく眠りに入る効果もあります。これはサンプルで、空を飛ぶ夢が見られます」 綾須はサンプルの夢玉を鳴沢に渡した。そして「よろしければご連絡を」と言い残して立ち去った。 二日後、鳴沢は恵夢工房を訪ねた。半信半疑で夢玉を使ったが、空を飛ぶ快感は目覚めても残っていた。莉乃はオズに対して何か心残りがあるようだし、癒しになればと思ったのだ。 「愛犬と遊ぶ夢ですね?」 綾須は鳴沢から話を聞き、夢玉を調合した。鳴沢は莉乃とオズの写真も持参したが、当人の願望や潜在意識が勝手に作用するので不要だという。料金は宝くじ十枚分。オーダー次第で上下するという。 その夜、鳴沢は眠る莉乃の額にこっそり夢玉を載せた。翌朝、莉乃がにこにこしながら報告してきた。 「オズが夢に出てきたの。莉乃ね、オズのお散歩サボっちゃったことがあるの。オズに『ごめんね』って言えた。もう一回遊べて楽しかった」 莉乃に明るさが戻った。 それきりのつもりだったが、再び夢玉を思い出す機会があった。自分の企画の代わりに同僚の案が採用され、鳴沢は悔しくて仕方なかった。同僚が心底憎かった。その時ふと思ったのだ。実際にやれば犯罪だが夢の世界でなら殺してやれる、と。早速綾須に相談した。 「そういう夢を希望される方、いらっしゃいますよ。殴ろうが刀を振り回そうが、夢の中なら罪に問われませんからね。胸がすっとすると好評です」 鳴沢は同僚を嬲り殺す夢を注文した。夢だという自覚があれば遠慮なく痛めつけられる。翌朝の爽快感は格別だった。それ以降、鳴沢は嫌なことは夢玉で憂さを晴らすようになった。
その日も胸糞悪い取引先の相手を刺し殺す夢を見た。 「やっと起きたか。話を聞かせてもらおう」 鳴沢が目覚めると、見知らぬ部屋に見知らぬ男。 「何故平野さんを刺した?」 ――平野? 俺が刺したのはQ興産の倉持だ、夢の中で。……こいつら、どうして俺の夢を? ……あれ? 昨夜夢玉使ったっけ? そもそも家に帰ったか? この血は……? 鳴沢は容疑者として警察に聴取されていることを理解し始めた。
「依子、眠れてる?」 やつれた鳴沢の妻を友人が心配する。 「夢の中でも犯罪者の妻って非難されるの」 「寝てる間くらい神経休めなきゃ。ユン様に抱きしめてもらう?」 「韓国から連れて来る気?」 依子が微かに笑った。 「いいところがあるの」 友人は依子に恵夢工房を紹介した。
※2013年12月に執筆。
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