20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第25回   ルナティック・ノクターン【テーマ:復讐】
 私は道路脇に車を止めた。左側のアパートに目をやる。明かりが点いている部屋は半数ほど。今まで何度も来たアパートだが、なんだか違う建物のようにも見える。でも、間違いなくここだ。
 私は車を降りた。後部座席から小さめの段ボール箱を下ろす。箱には封をして伝票を貼り付けてある。私は今日のためにネットオークションで手に入れたそれっぽいユニフォームに身を包んでいる。腰にはウエストポーチ。この格好なら宅配業者に見えるはずだ。今は女性スタッフも珍しくない。
 帽子を被り直し、呼吸を整える。箱を抱えてアパートに向かった。すれ違う人はいない。ゆっくりと階段を上った。上がってすぐの二○一号室。ドアの前に立ち、もう一度深呼吸した。ウエストポートからサバイバルナイフを取り出す。ナイフを持った手で呼び鈴を押し、「宅急便でーす!」と声を掛けた。奥から「はい」と短い返事が聞こえた。私はサバイバルナイフを箱の下に忍ばせた。
 ――月哉、もうすぐだよ。月哉の無念を晴らすからね……。
 近づいてくる足音に耳を澄ませ、私はその時を待った。

 月哉は優しかった。明るい大学生だった。月哉はお茶目だった。人が良くて、困っている人を見たら放っておけない性格だった。将来は弁護士になるんだと、夢に向かって頑張っていた。私はそんな月哉が大好きだった。月哉と出会って、私は毎日が楽しかった。嫌なことも月哉といると忘れられた。私はできる限り月哉との時間を作った。月哉は私がどんな態度を取っても嫌な顔一つせず、私に寄り添ってくれた。スーパーヒーローではないけれど、私には誰よりもカッコいい最高の男性。私の一番大切な人だった。ただ一緒にいるだけで幸せだった。本当に幸せで、ずっとこんな日々が続けばいいと思っていた。……思っていたのに。
 どうして月哉が死ななくてはならなかったの? 不運な事故? ……確かにあれは事故だった。月哉があそこを通ったのはたまたまだった。友達との待ち合わせに急いでて……巻き込まれた。じゃあ、その友達のせい? 仁と快李が悪いの?
 ――違う、そう仕向けた人間がいる。そうだ、全部あの女が仕組んだんだ。あの女が月哉の命を奪ったんだ。――柚城メイ!
 柚城メイが月哉を殺した。なのに、あの女は何の咎めも受けずのうのうと生きている。私はそれが許せない。月哉の人生を終わらせた責任を取らせなければならない。月哉の命を奪った罪を償わせなければならない。誰もあの女を裁かないのなら、私が裁く。志半ばで夢を絶たれた月哉のために。
 だから、私は今日まで準備をしてきた。柚城メイの情報を集め、彼女が一人暮らしをしているアパートを下見した。生活パターンも調べあげた。宅配業者に装う服とサバイバルナイフも入手した。
 月哉の仇さえ取れればいい。私の人生も命も月哉のものだ。後はどうなっても構わない。
 月哉、もうすぐあなたを殺した女に罰を下すよ。月哉、見てて……。

 足音が扉の向こうで止まり、ドアノブを回す気配がした。サバイバルナイフの存在を確かめ、笑顔を作る。ドアが小さく開いた。チェーンが付いたままだ。あの女が隙間から顔を覗かせる。
「キラキラ運送です。荷物をお届けに参りました」
 私は愛想よく言った。
「あ、ありがとうございます」
 女が答える。
「恐れ入りますが、こちらにサインを頂いてもよろしいでしょうか?」
 箱を受け取るために女がチェーンを外した。女がドアを大きく開けた瞬間、私は中に入り込んで箱を放り投げた。右手にサバイバルナイフを握りしめる。女は悲鳴を上げた。私は女に突進した。
「い、痛い……」
 ――月哉の苦しみはこんなもんじゃないわよ。私は女の腹からナイフを抜き、もう一度刺した。逃げようとする女を床に押し倒した。
「やめて!」
 叫ぶ女の体にまたがる。手が動いて邪魔なので、切りつけてやった。ひるんだ隙に女の腕を引っ張って自分の膝の下に押し込んだ。もう片方の腕も膝で押さえ込む。
「いや、誰か! 助けて……!」
 私は女の頬にナイフを当てた。女が息を呑む。私はナイフを思いっきり振り上げ、女の首に突き立てた。

「――昨日午後八時半ごろ、Q市の飲食店店員、栗山沙穂さん、二十三歳が自宅アパートで刺されるという事件がありました。Q署は現場にいた二十五歳の女を傷害の疑いで現行犯逮捕しました。栗山さんは病院に運ばれましたが、まもなく死亡しました」
 キャスターが神妙な面持ちでカメラに向かって話す。
「逮捕されたのは、P市の会社員、酒浦美弥子容疑者。調べによると、酒浦容疑者は栗山さんが『柚城メイ』のペンネームで連載していた少女漫画のファンで、お気に入りのキャラクターが連載途中で死んだことに恨みを抱いていたということです……」




※2013年11月に執筆。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2392