ユッチャンイカの売上急増、バッツバーガーの廃業、Pタワーでの転落死事件。一見無関係なこれら最近の事象には、ある共通点があった。――原因が都市伝説。 ユッチャンイカは『耳削ぎ女』が嫌いなものだとされている。耳削ぎ女とは「あなたの耳を頂戴」とカッターを持ってしつこく追いかけてくる女だ。ユッチャンイカを投げれば耳削ぎ女が耳と間違えるため、逃げ切ることができるという。 バッツバーガーはパテに人肉を使っているという噂が流れ、客が激減。店に罵詈雑言の張り紙がなされたり石が投げ込まれたりで営業が難しくなり、ついに会社自体を畳んでしまった。 Pタワーの屋上は立入禁止だが、実は歴代総理の宇宙人との会合の場だという噂が広まった。若者たちが宇宙人に会おうと無断で侵入し、強風にあおられ一人が転落してしまった。 冷静に考えればどれも荒唐無稽な話なのだが、真に受ける者たちもいるのだ。このような例は他にもある。都市伝説は社会に少なからず影響を及ぼしているようだ。
フリーライターの矢部は黒原書房を訪ねた。オカルト系月刊誌『ウー』を刊行している出版社だ。 「今、都市伝説絡みの騒動や事件が多いですよね。その背景を探るため、都市伝説を扱う方にもお話を伺おうと思いまして」 「素晴らしいジャーナリズム精神ですね」 編集長の黒原は愛想よく矢部を迎えた。 「早速お聞きしたいのですが、黒原さんは都市伝説を信じていらっしゃいますか? それとも、商業的なネタとして捉えておられるのでしょうか?」 「これはこれは……単刀直入ですね」 矢部の質問に黒原は苦笑した。 「矢部さんはどうお考えですか?」 逆に尋ねられ矢部は少々ムッとしたが、表情には出さなかった。 「私は……申し訳ありませんが、あまり信じてないですね。根拠が乏しい情報は鵜呑みにできません。面白いと思う時はありますが」 「『ウー』にも根拠は載せてるんですけどね」 黒原の言葉が挑発的に聞こえ、矢部は思わず言い返した。 「どこの誰かわからない人間の証言や合成写真では、根拠と言えないのでは? ――失礼」 追い返されるのでは、と矢部は不安になったが、黒原は笑顔だった。 「ははっ、そう受け取られますか。率直で結構です。どう受け止めるかは読者の自由ですから。『そんなこともあるんだ』と素直に思うのもいいですし、否定してもいい。ただの話のネタにしてもらっても構わない。普通のニュースとは違いますしね。そこが都市伝説の一つの醍醐味ではないでしょうか」 「……そうおっしゃるということは、黒原さんは都市伝説をそのまま信じてるわけではないんですね」 矢部は黒沢が自分の答えを遠回しに言うタイプだと理解した。 「では、都市伝説が社会に混乱をもたらすケースをどう思いますか?」 「亡くなられた方はお気の毒でした。バッツバーガーも哀れでしたが、あれは風評被害だと思うんですよ。ウチでは記事として扱ってませんし、都市伝説とは認めていない。ただ、ある情報が社会的に影響力を持つのは都市伝説に限ったことではありません。アイドルの自殺に殉じるとか、値上げの前に駆け込み需要が起こるとか」 「都市伝説というより情報が持つ力、という感じですか?」 「ええ」 矢部は質問を続けた。 「『ウー』の情報源はどこですか? 読者のタレこみが中心ですか?」 「そうですね。後はネットの掲示板なんかをチェックしてます」 「話題になっている話を拾う、と?」 「ええ」 「……それは変ですね」 矢部の声のトーンが変わった。 「私が調べたところでは、ネットで話題になる前に『ウー』に記事が出ている」 「大きな話題になる前の小さな雑談を見てるんですよ」 黒原は表情を崩さない。 「少人数のお宅が? ネット上のやりとりなんて、四六時中大勢で張り付かないと網羅できない。――最近の都市伝説はあなた方が作ってるんじゃないですか?」 矢部は核心を突いた。 「それも面白い都市伝説になりそうですね」 「ごまかすな! 確証がある。一体、何故馬鹿な話をでっちあげてるんですか? 売上を伸ばすためだけにしては手が込んでる」 「何の為だと思います?」 黒原は気味が悪いほど笑顔のままだ。矢部の怒りは増した。 「……死人まで出てるのに、責任を感じないのか? 必ず真実を暴いて世間に公表してやる!」 「困りましたねえ。任務の邪魔をされるなら仕方ない」 黒原はポケットから赤い石を取り出し、矢部に向けた。石が光り矢部を吸い込む。 「いずれ進出してくる地球人にどう対処すべきか、下調べの一環ですよ」 黒原の答えは矢部に届いただろうか。
数年後、黒原書房の全社員が忽然と姿を消し「黒原書房には異世界への扉がある」との都市伝説が広まる。その時には黒原の母星が地球壊滅のための兵器を発動させているのだが……。今は誰もそれを知る由は無かった。
※2013年10月に執筆。
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