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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第22回   コイナリ異聞【テーマ:恋愛】
 田舎の小さな神社だというのに、小石川御崎稲荷神社を訪れる女性は後を絶たない。恋愛成就、縁結びにご利益があると言われているからだ。実際、この神社に参拝して恋人ができた、結婚できたという話は昔から数多くあり、近年では略称と“恋が成る”を掛けて「コイナリ神社」と呼ばれている。奉納されているたくさんの絵馬からは、乙女たちの必死な祈りが伝わってくる。
「……“ジョニーズの星瀬快斗と結婚できますように”? ふざけんなっ!」
「でも、この子確か油揚げ持ってきてくれたよ?」
「クオン、んな安い賄賂で……」
「ミノリちゃん、油揚げにもピンキリあるんだよ? この子が持ってきたのは超高級油揚げ、また食べたいなあ……」
「知るか! 一人のアイドルに何人の乙女が恋焦がれると思ってる? いくら縁結びの神でも、無理なもんは無理。これは却下!」
「ああ、せっかくの油揚げが……」
「うるさい! 次だ、次」
 絵馬をチェックしているのは、コイナリ神社に祀られているコヒサキミノリヒメと霊狐クオン。もちろん、普通の人間には姿も声も感知できない。コイナリ神社が恋愛成就で大きな実績を上げているのは、彼らの働きによる。コヒサキミノリヒメが絵馬から奉納主の女性の情報や意中の男性との接点などを読み取り、クオンと協力して二人の距離を縮める策を仕掛ける。見えない力に引っ張られる当人たちは運命だと思い込んで愛を育んでいくというわけだ。男女の縁だけでなく、ビジネスの取引の縁を結ぶこともある。
「……そろそろ椎原穂夏の件の作戦実行だな。クオン、男の誘導をよろしく」
「了解」
 二手に別れ、男女を引き合わせるのだ。夕方、突然の強風にあおられて体がぶつかってしまった男女は互いをみつめ合った。女は顔を赤らめ、男も偶然ではない何かを感じ取った。また一組、カップルが誕生していく。
「ミノリちゃん、さすがだねえ」
「当たり前だ。私を誰だと思ってる?」
 いささか口が悪いコヒサキミノリヒメだが、恋人たちをみつめるまなざしは優しい。その胸には、二人の前途を祝福する気持ちと一抹の切なさが宿っていた。
(キリマル様……)

 かつて、コヒサキミノリヒメには想う人がいた。エニシキリマルノミコト。コヒサキミノリヒメと同じく、八百万の神の一人だ。初めはつまらない優男と思っていたのに、いつのまにかコヒサキミノリヒメは彼の穏やかさと温かさに惹かれていた。エニシキリマルノミコトも、彼女の内に秘めた優しい細やかな心を愛しく思っていた。二人は愛し合っていたのだ。しかし、他の神々は二人の仲を許さなかった。コヒサキミノリヒメは縁結びの神、エニシキリマルノミコトは縁切りの神。縁結びと縁切りが一緒になっては、現世に混乱をきたす。周りの神々は別れるよう説得したが、二人はなかなか離れられなかった。
 ある日、苛立ったとある神がエニシキリマルノミコトを切りつけるという事件が起こった。倒れたエニシキリマルノミコトの傷は深く、今にも命が尽きてしまいそうだった。必死に助けを乞うコヒサキミノリヒメに神々は条件を提示した。――エニシキリマルノミコトを助ける代わり、二度と彼に会わぬこと。コヒサキミノリヒメは承諾した。
(キリマル様が死ぬくらいなら……)
 こうして彼女は自分の仕事に打ち込むようになった。皮肉なことに、仕事をこなすほど、幸せな恋人たちに自分とエニシキリマルノミコトの姿が重なってしまうのだが。

 切ない思いを抱いているのはクオンも同じだった。
(こんなに近くにいるのに……)
 クオンは自分の正体も想いも口にすることができない。
 奇跡的に命を取り留めたエニシキリマルノミコトは、自分のためにコヒサキミノリヒメが身を引いたことを知った。彼は神々に嘆願した。彼女を一人にできない。どんな形でもいいから、そばにいさせてほしい。――神々はエニシキリマルノミコトを霊狐の姿に変え、口止めを条件にコヒサキミノリヒメの元に送った。
「縁切りと縁結びが共存できると証明できれば、仲を認めんことも無い」
 神々の言葉を胸に、クオンとなったエニシキリマルノミコトは懸命にコヒサキミノリヒメをサポートしている。
(まだ、なのだろうか……)
 彼女とともに過ごす時間に喜びを感じながらも、本来の姿ではないことがもどかしい。しかし、正体がばれたら最後、二度と彼女に会えなくなる。

「クオン、帰るか」
「そうだね」
 互いに胸の痛みを笑顔で隠し、コイナリ神社へと戻っていくコヒサキミノリヒメとクオン。
「また誰か油揚げ持ってきてるかなあ?」
「アンタは食べることしか頭にないのか!」
「ミノリちゃん、痛い……」
「ちょっとは利口になるんじゃない?」
「だったら、ミノリちゃんの頭を叩いたほうが……」
「何だと!?」
 じゃれあう彼らを、沈みゆく夕日が静かに見守っていた。




※2013年9月に執筆。


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