ライブが始まるまであと三十分。 「今日の客入りは?」 俺は慌ただしく動いているスタッフの一人に聞いた。 「超満員です。通路も立ち見でいっぱいです」 Rioシアターの客席は三百。俺は報告に満足した。 楽屋の通路で怒鳴っている少年がいた。警備員の一人が外へ連れて行く。 「RIONAに会わせろって?」 俺は残った警備員に声を掛けた。 「はい」 振り向いた警備員は見慣れない若者だった。新入りだろう。向こうも俺の顔に一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出したらしい。 「社長、失礼しました」 「いや、畏まらなくていい。お疲れさん」 若い警備員は帽子をかぶり直し、こわごわと俺に質問した 「……あの、毎日あんなのが来るんですか? 先輩、慣れた様子でしたけど」 「RIONAに会えるのはここだけだから。全国からファンが集まってくるし、中には狂信的な奴もいる」 ここRioシアターはわがプロダクション専用のライブハウスで、今やRIONAのための場所だ。妖精のような愛らしい容姿に、透き通った天使の歌声。俺の見込んだとおり、RIONAは多くの人の心を掴んだ。 「別な場所ではやらないんですか?」 警備員は率直に疑問を述べる。 「会える場所が限定されているからこそ、価値があるんだ」 「そういうものですか。ま、RIONAはメディアにも出ないですね。ミステリアスな部分も魅力なのかもしれません」 どうやらまだ知らないらしい。俺は曖昧に頷いて舞台裏に向かった。
俺と雪谷リオナは従兄妹だ。だが、リオナの両親が早くに事故で他界し、うちでリオナを引き取った。だから、俺とリオナは兄妹同然で育った。 小さい頃からリオナは活発でかわいかった。人を惹きつける天性の魅力があった。 「タク兄。私ね、歌手になりたいの」 リオナから夢を聞いた時、俺は賛成した。リオナは声もきれいだし、華もある。 「歌でみんなに勇気を与えたいの。私の歌で誰かが元気になったら、すごいと思わない?」 小首をかしげながらリオナが言う。 「リオナならできる。応援するよ」 俺はリオナの肩を叩いた。 「でも、歌手ってたくさんいるよねえ……。私、歌う場所あるかなあ?」 リオナが少し不安げな顔になる。 「その時は俺が作ってやるよ。リオナのためだけの舞台を」 俺は親指を立ててウィンクしてやった。 「ええっ、タク兄じゃ頼りない」 「おい、人の純粋な気持ちを……」 「冗談よ。じゃ、約束ね!」 二人で笑って指切りをした。 リオナはオーディションを受け始めた。さすがに甘くない世界、一次審査で落とされ続ける。でも、リオナは諦めなかった。挑戦し続け、ついに審査員の目に留まった。少しレッスンをしてまずはアイドルとしてデビューさせる、いきなりそんな話を聞いて、保護者である俺の両親は驚いたようだ。事務所側の丁寧な説明と責任を持ってリオナを預かるとの約束で、両親も承諾した。レッスンを受けるため、リオナは我が家を離れることになった。 「何かあれば連絡しろよ。いつでも飛んでくから」 リオナが出発する前、俺はそう言ってやった。 「大丈夫だよ、タク兄。彼女を第一にしないと、逃げられるよ?」 優しいリオナは俺を気遣ってくれる。 「家族を大事にしちゃ悪いかよ? それに文句を言う女なんて、こっちから願い下げだ」 俺の本心だった。 「都会には変な奴もいるからな。ついていったりするなよ」 「もう、子供じゃないんだから」 ふくれっ面になると小さい頃と同じ顔だ。翌日、リオナは上京した。 メールや電話で頻繁にやり取りした。レッスンは厳しいようだったが、リオナは前向きに頑張っていた。 『今日もヘトヘト〜(+o+) でも、アイドルデビュー近し♪』 リオナはデビューを楽しみにしていた。そして、あと数日でデビューという時、事件は起こった。マンションのエントランスでストーカーに刺されたのだ。上京して間もないリオナを見て、自分の運命の相手だと思い込んだらしい。リオナは相手にしないようにしていたし、事務所も気を付けていたのだが、一瞬の隙を突いての犯行だった。リオナは病院に運ばれたが、そのまま帰らぬ人になってしまった。
ライブ開始一分前。客席も舞台も暗くなる。ざわつく観客。やがてイントロが流れ、ステージの上にRIONAの姿が浮かび上がる。歓声が上がる。
『Do you know me? I know you, because……』
RIONAが歌い出す。RIONAに合わせて客も掛け声や振りを入れる。 (十五年越しに約束を果たせたな……) RIONAはホログラムだ。生前のリオナの映像や声を元に再現してある。このことを知っているのは、Rioシアターの常駐スタッフとプロダクションの一部の人間だけだ。そろそろマスコミに公表しようと思う。リオナの夢とともに。
※2013年9月に執筆。
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