僕の名前はシルバ。小さなサーカスの団員だ。特技は綱渡り。命綱など全くつけず、高く張られた一本の綱の上に僕が足を踏み出すと、客席が静まり返る。僕は颯爽と真ん中まで歩いてみせる。そこでジャンプをしたり、逆立ちを見せたり。宙返りを披露することもある。観客は大きな拍手を送ってくれる。渡り終えるまであと五分の一というところで、わざと足を踏み外すふりをする。すると観客は息をのむ。しっかりバランスを取って綱の上に立ち、逆立ちで最後まで渡る。これで大歓声、拍手喝采だ。 生まれた時から僕はこの世界にいた。綱渡りに大車輪、火の輪くぐり等、仲間たちと一緒にお客を楽しませることに生きがいと誇りを感じてきた。きっとこれからもそれは変わらない。 食事をしていると、団長がため息をついた。最近経営がうまくいっていないらしく、団長も副団長も沈んだ表情を見せることが多い。 「昔と比べて客の入りが少ないし、あまり受けもよくないな」 「演目が代わり映えしないからでしょうか。ぱっと目を引くようなものを取り入れたらどうでしょう?」 団長と副団長の会話に、僕も耳を傾けた。確かにこのサーカスには華が足りないと、僕も常々思っていた。 「俺もずっと気になってはいたんだ。サーカスの代名詞ともいえる、空中ブランコがうちにはないことを」 団長、それです! 僕は目を輝かせた。 「空中ブランコですか。確かに派手だし、サーカスの花形ですね。でも、うちにできる奴がいるでしょうか?」 副団長、僕がやります! 高いところはへっちゃらだし、バランス感覚にも自信がある。僕は二人の前に進み出た。 「シルバ、お前がやるって?」 団長が僕を見た。はい、ぜひやらせてください。必ず満足のいく結果を出しますから。 「じゃあ、ちょっとやってみるか」 さっそく空中ブランコが用意された。僕はブランコにぶら下がった。思ったより揺れが大きい。綱とは感覚が違う。でも、これくらい僕の運動能力で―― 「うわあぁぁっ!」 手が滑り、真っ逆さまに落ちていくのがわかった。そして僕の意識はそこで途絶えた。
「やっぱり、空中ブランコは無理だったか」 「ネズミですからね。人間みたいにペアで手を取り合って……というのも難しいでしょう」 「綱渡りの代わりの奴は?」 「いくらでもいますよ。ちょっと仕込めば、すぐ客の前に出せるはずです」 「それならいい。だが、どうやって客を呼び込む?」 「天敵のネコと共演させるというのはどうでしょう?」 「面白そうだが、ネコに芸を仕込むのは難しそうだな」 「華を出すために、一匹一匹色付けしますか?」 「そういう手もあるな」 団長と副団長はシルバの亡骸をさっさと処分し、新たな経営策を相談し始めた。
※2013年3月に執筆。
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