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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第19回   ハナシノブ【テーマ:待つ人】
 ようこそお越しくださいました。お荷物お持ちいたしましょう。――ええ、ありがとうございます。ここは緑の美しさが自慢なんですよ。お部屋にご案内しますね。
 お客様はどちらから来られたのですか? ――そうですか、道中長かったでしょう。ぜひゆったりおくつろぎください。こちら、「ハナシノブの間」がお部屋になります。
 ――いえ、花の名前ですよ。まあ、限られた場所にしか咲かない花だそうですから。お客様は男性ですし、ご存じなくて当然かもしれませんね。ここらにはたくさん咲いてますよ。ほら、すぐそこの庭にも見えますよ。あの薄紫の可憐な花がハナシノブです。
 実は、この村にはハナシノブにまつわる言い伝えがありましてね。よろしければ、土産話にお話しいたしましょう。

 昔、この村にお久という美しい娘がいたそうです。清太郎という村の若者と恋仲で、将来を誓い合っていました。ところが、ひょんなことから清太郎が由緒あるお武家さまの落とし種であることがわかり、都にある実父の家に引き取られることになったのです。養父母には多額の謝礼が支払われる。今まで苦労しながら自分を育ててくれた養父母を思うと、清太郎は断ることができませんでした。お久も都に連れて行きたいと申し出たのですが、使いの者は許してくれませんでした。
 村を発つ前、清太郎は小高い丘にお久を呼び出して言いました。
「俺の嫁はお久しかいない。父を説得して必ず迎えに来るから、待っていてほしい」
 お久は頷き、信じて待つと約束しました。
 清太郎が都に発ってからひと月が過ぎ、二月、三月が過ぎましたが、全く音沙汰がありません。「清太郎はこの村のこともお久のことも忘れてしまったんじゃないか」と言う者もおりましたが、お久は耳を貸さず、清太郎を信じて待っていました。さらに半年が過ぎ、一年が過ぎ……。お久は待ち続けました。器量よしのお久ですから、「清太郎のような薄情な奴のことは忘れて、自分と一緒にならないか」と誘いかける男も現れました。しかし、お久は相手にしませんでした。二年、三年……。清太郎からは何の便りもありません。周りの者は「もう清太郎のことは忘れろ」と言い、村の男も言い寄ってきます。それでもお久は清太郎を信じて待ち続けました。
 四年、五年、と月日は過ぎていき、六年目に村で大きな火事が起こりました。多くの者が村で暮らすことができなくなり、しばらく親類の元などに身を寄せました。お久も隣の村に厄介になっていましたが、その間もお久は清太郎と約束を交わした丘に毎日足を運びました。「いつ清さんが迎えに来てくれるかわからないから」と言って。
 七年目、もう少しで村も元通りになるという時、お久は病にかかってしまいました。それでもお久はあの丘に通い続けたんです。病人だから横になっているよう言っても、聞く耳を持ちません。そしてお久は……その丘で息を引き取りました。
 その次の年から、その丘に薄紫の花が咲くようになったそうです。――ええ、ハナシノブです。村の者たちはお久の化身だと噂し合いました。そのハナシノブはやがて村全体に殖え広がったそうです。
 ――清太郎ですか? 何故迎えに来なかったのか、便りもよこさなかったのか、はっきりわからないんですね。都に着くなりはやり病に倒れたという話もありますし、都でいいところのお嬢さんを娶ったという話もあります。
 ただ、お久がハナシノブに姿を変えて、清太郎を待ち続けてるという話です。ええ、ずっと待ってるんですよ。ずっと、今も……。

 ――お久ちゃん、この男も違っただろ? 胸に三ツ星のほくろなんてなかっただろ? そろそろ清太郎のことなんて忘れて、おいらと一緒に成仏しないかい? ――ああ、泣かないでくれよ。わかった、わかった。お久ちゃんの気の済むまでここで清太郎を待とう。三ツ星のほくろを持った男をみつけよう。おいらも力を貸すから。
 まさか、死んでまでお久ちゃんが振り向いてくれるのを待つはめになるとは思わなかったなあ……。――いや、独り言。
 この男はいつものようにハナシノブの下に葬っておくよ。


*ハナシノブの花言葉…君を待つ、来てください




※2013年9月に執筆。


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