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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第18回   待ちわびた光は【テーマ:待つ人】
 カイは絵本を読んでもらうのが好きな子供だった。
「――こうして白ウサギは黒ウサギと仲直りしました。二匹が空を見上げると、きれいな虹が架かっていました。おしまい」
 母のエレナが絵本を閉じた。
「ママ、虹ってなあに?」
 カイがエレナに聞いた。
「雨が降った後とかね、お空に光の橋が架かるのよ。赤とか黄色とか青とか、七つの色をしてるのよ」
 絵本にはちゃんと挿絵もあるのだが、エレナはそれを使って説明しない。カイは生まれつき目が見えなかったのだ。
「ねえ、赤ってどんな色? 青って?」
 カイは更に疑問をエレナにぶつける。
「赤は火の色で、熱い感じよ。青はお水みたいにひんやりした感じの色ね」
 色を視覚情報なしに説明するのはなかなか難しい。
「……よくわかんない。僕も見てみたいなあ」
 カイの言葉がエレナの心に突き刺さる。

 夜、エレナは夫のテルと話し合った。
「やっぱり、カイにもいろいろなものを見せてあげたいの」
「……角膜移植か」
「それしか方法は無いんでしょ? 昔と比べて技術が上がってきてるっていうし、お金もカイのためならいくらでも出すわ」
「そうだな。誰かの死を望むのは不謹慎だけど、カイの将来のためには……」
「角膜をくださる方には謹んで感謝したらいいじゃない。命のリレー、助け合いよ。あなた、カイの目が見えるようになるのよ? 一度お医者さんにきちんと話を聞いてみましょうよ」
「うん、近いうちに病院に行ってみよう。カイの目が俺たちを映してくれたら、どんなに素晴らしいか」
 カイは二人の会話を聞いていた。喉が渇いて起きたのだ。
(僕、見えるようになるの?)
 カイの胸に小さな期待が生まれた。
(見たいもの、いっぱいあるよ。パパとママの顔でしょ。お隣の優しいメグお姉ちゃんも見たいし、朝あいさつしてくれる鳥さんも、ママがきれいだって言うお月さまやお星さまも……。赤とか青とか、どんな色なのか知りたいな)
 数日後、専門の病院で診察と説明を受け、カイは角膜移植を受けることになった。今は順番待ちをしなくてはならないが、カイはうれしくてならなかった。手術すれば見えるようになる。カイはその日を心待ちにするようになった。

 半年ほど待って、カイに角膜移植の順番が巡ってきた。両眼同時では感染症等のリスクが高いため、今回は左眼だけだ。手術はスムーズに行われ、翌日には眼帯も外れた。カイの目に初めて光が飛び込んだ。
「まぶしい……」
「初めてだからね。今はまだぼんやりだろうけど、少しずつはっきり見えるようになるよ」
 光の刺激に戸惑っているカイの頭を主治医はくしゃっと撫でた。テルもエレナも手術を成功させてくれた主治医に感謝した。

 主治医の言葉通り、カイの左眼は徐々に輪郭を判別し出した。色も日を追うごとに鮮やかになってくる。
「ママってこんなに美人だったんだ。パパも結構ハンサムだね」
 カイの言葉がうれしくて、両親はカイを抱きしめた。
 安定するまでは日常生活の中で注意を払わなくてはならないし、病院へも定期的に通う。しかし、カイの経過は良好だった。
「本当にお星さまってきれいだね」
 カイにとっては目に映るすべてが新鮮で美しいが、両親が言っていたことを実感できるのは大きな喜びだ。
「そうでしょ? 近いうちに虹を見れたらいいわね」
 テルもエレナも、カイを通してこの世界の美しさを改めて感じるのだった。

 手術から二ヶ月ほど経った日、カイはエレナとともに買い物に出かけた。いつも通る道が通行止めだったため、エレナは仕方なく別の道を選んだ。
「あんまりこっちは通りたくないのよね。何人も人が死んでるアパートがあるから」
 エレナは顔をしかめながらカイの手を引いて歩いた。そのアパートに差し掛かった時だ。
「うわあぁぁっ!」
 突然カイが叫び声をあげ、エレナの手を振り払って車道に飛び出した。カイは走ってきた車にはねられ、命を落とした。

 カイに提供された角膜は検査をクリアした正常なものだった。だが、その提供者は、醜い悪霊と戦ってきた霊能者だったのだ。カイはアパートに留まっている、人間とはかけ離れた霊の姿が見えてしまったのだった。

 さて、カイが事故に遭ったその日の夜、ある家族の元に待ちに待った知らせが届いた。
「ドナーが見つかったそうだ!」
「ユーリと同じくらいの子の心臓が!? ああ、神様!」
「これでユーリは助かる!」
 夫妻は重い心臓病を抱える我が子を救う道が開けたことを喜び、神に感謝の祈りを捧げた。




※2013年9月に執筆。


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