二之原舞が常崎一花に出会ったのは小学五年の二学期だった。転入生として一花が教室に入ってきた時、クラス中がざわついた。大人びた都会的な美少女。簡単な挨拶をして指定された席に向かう一花を憧れのまなざしで追うクラスメイトたち。舞はその様子を冷めた目で見ていた。自分のほうがかわいいし、このクラスのリーダーは自分だ。ところが三ヶ月後、クラスは一花を中心に動くようになっていた。舞の取り巻きだった子たちも半分は一花に付いた。 小学六年の運動会。クラスが別れた舞と一花はともにリレーのアンカーだった。接戦の末、一花が舞を追い抜いてゴールテープを切った。 中学での合唱コンクール。ソロパートの有力候補が舞と一花だった。そして顧問が最終的に指名したのは一花だった。本番で素晴らしいソプラノを披露した一花に称賛の声が寄せられた。 高校の文化祭でのミスコン。優勝は一花で舞は準ミスだった。 こんなことが続く中で、舞は一花を敵視するようになっていた。どうして一花は自分に与えられるはずの栄光を奪っていくのか? 自分が劣っているわけじゃない、一花の運がよかっただけだ。そう思い込もうとしても悔しさは増す一方だった。高校卒業後、舞は舞台女優を志して劇団へ、一花は短大へと、別々の道に進んだ。 舞は演劇を楽しんでいたが、小さな貧乏劇団で定期公演もままならない。大手主催の舞台である役のオーディションが行われることを知り、受けることにした。最終審査まで残りいけると思っていたが、会場で他の候補者の顔を見て驚いた。 (なんで一花がここにいるの?) しかし考える間もなく審査が始まる。舞は持てる全てをぶつけた。だが、合格したのは一花だった。 「君もすごく魅力的な演技で、どっちにしようか迷ったんだけど……。またチャンスがあるから、諦めないで」 舞は審査員からこんな言葉を掛けられた。だが、次はなかなか巡ってこない。舞の屈辱感は消えなかった。 そのうち舞は劇団仲間の紹介で横嶋直人という青年と知り合った。初めは飲み会のメンバーでしかなかったが、お互い異性として意識するようになり、交際が始まった。 直人との三度目のデートの途中、舞は自分を呼ぶ声に気付いた。 「舞!」 振り返ると、一花が手を振りながら近づいてきていた。一花も大きな舞台はあの一度きりで、今は会社勤めだと風の噂で聞いていた。 「久しぶりね、舞。こちらの方は?」 「……横嶋直人さん。今お付き合いしてるの」 舞は一花に見せつけるつもりでわざと直人の腰に手を回した。 「すごく素敵な人ね。初めまして、舞の友人の常崎一花です」 笑顔で直人に挨拶する一花の瞳には妖しい光が宿っている。舞は嫌な予感がした。 (まさか、直人まで奪うつもり?) 今まで一花は自分が持っていたもの、欲しかったものを横取りしてきた。直人まで取られたくない。直人だけは自分のものだ。その夜、舞は直人に言った。 「今夜は帰りたくない」 直人を自分に溺れさせたかった。直人に抱かれながら、舞はこの男をしっかり縛り付けると決意していた。その後、甲斐甲斐しく尽くしながら関係を続け、一緒に暮らすようになった。 ところが、舞は見てしまったのだ。直人が一花とホテルに入っていくところを。帰ってきた直人を問い詰めると、直人はあっさり白状した。もう何度も会っているというのだ。 「お前といると疲れるんだよ。でも一花は俺のことわかってくれる。もうお前とは終わりかもな」 ――嘘だ! 私は直人を愛してる。一花なんかに渡さない! 舞はとっさに花瓶を掴み、直人の頭に振り下ろした。 倒れた直人が動かないことに気付き一瞬戸惑ったが、すぐに舞は笑みを浮かべた。 (これで……一花は直人に手を出せない。一花に取られずにすむ) 声を上げて笑う。直人は永久に自分のものだ。 (だけど、お葬式に一花が来たら……) もう一花には指一本触れさせたくない。舞は直人の服を脱がせ、ゆっくり肌を撫でた。そして首筋に噛みつき、肉を食いちぎった。咀嚼して飲み込む。 (全部、全部、私のものにしなきゃ) 口の周りを血まみれにしながら、舞は直人の肉体を貪り続けた。
この猟奇的な殺人事件に世間は戦慄し、舞は残りの人生を特殊な独房の中で過ごすことになった。しかし、舞は後悔していなかった。最後に一花に勝ったのだ。直人を完全に自分のものにした。時々独房から聞こえる高笑いに、新入りの看守は怯えていた。 だが、舞は知らなかった。一花のお腹に宿った直人の遺伝子を受け継いだ生命のことを。 「今日も元気ね」 胎児に蹴られているお腹をさすりながら、一花は微笑んだ。
※2013年8月に執筆。
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