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作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第15回   神は……【テーマ:神】
「ありがとうございます。先生は神様です」
 患者の家族が涙ながらに感謝してくる。難度の高い手術を次々とこなす私を「神の手だ」ともてはやす輩もいる。私はそのように言われるのが好きではない。もちろん心臓外科医としての矜持も、それなりに鍛錬を重ねてきた自負もある。担当した患者が元気な姿で退院していくのはうれしい。しかし、どこかやりきれない思いが残る。
 患者全員を助けられるわけではない。手術のため一旦停止させた心臓が再鼓動しないこともある。ICUで容体が急変して亡くなることもある。私が本当に神ならば、このようなことは起こるはずがない。
 そもそも神などいるのだろうか。「神は愛なり」が口癖だったクリスチャンの同級生がいた。私は彼に意地の悪い質問をぶつけたことがある。本当に神が愛であるならば、何故病気や怪我が存在するのか? どうして犯罪や戦争を放っておくのか? 悪人が苦しむのは天罰だと理解することができるが、罪のない子供や善人が重い病気にかかったり事故に遭ったりするのは何故だ? 彼は静かに微笑み、こう答えた。
「神の御心は僕たちにはわからない。でも、イエス・キリストを遣わしてくださるほど神は僕たちを愛してくださっている」
 私は全く理解できなかった。その後彼とは当たり障りのない会話しかしなかった。
 私は神ではないし、神という存在自体に疑問を抱いている。ただ一人でも多く命を救うためにスキルを磨き、患者一人一人に最善を尽くす。私はそれしかできないし、それでいいのだろう。たとえ神でなくても、神がいなくても、私を必要としている患者がいる限り医者としてできる努力する。これが私の歩む道だ。

 ある日、一人の妊婦が転院してきた。珍しいことではないが、夫の顔を見た時「おや?」と思った。見覚えがある。あのクリスチャンの同級生だ。
「穂積……。中学以来だな」
「愛甲の評判は聞いている。よろしく頼む」
 胎児が左心低形成症候群と診断され、うちの病院に移ってきたのだ。手術以外助かる道はないが、世界的に死亡率の高い手術であり術後生存率も低い。特に難しいとされる第一段階の手術で多くの成功実績を持つ私を頼って、患者が各地から集まってくるのだ。
 穂積の子供は生後三日目での手術となった。

「手は尽くしたのですが……」
 私は穂積夫妻に頭を下げた。救えなかった命。悔しさとやりきれなさがこみ上げる。
「どうして死んだんですか?」
 奥さんが顔を歪めて私に問い詰める。
「神の手じゃないんですか? あんなに祈ったのに……! どうして私たちの子供ばかり……」
 半狂乱の奥さんの肩を穂積が抱いた。
「先生は全力を尽くしてくださった。君の信仰はどこにある? 神様がなさったことだ」
 穂積は泣きじゃくる奥さんを強く抱きしめた。

 その後、穂積が私の元に来た。即座に謝罪の言葉を口にする。
「助けられなくてすまない」
「愛甲のせいじゃない。こちらこそ妻が申し訳なかった」
 穂積は私を責めず、自分が謝った。
「親として当然の感情だ。謝ることはない」
「いや、リスクの説明は受けてたから……。前の子も死産だったし、妻は余計辛いんだと思う」
 穂積の言葉に私は驚いた。二人も子供を失ったのか……。
「穂積も辛いだろう? 泣きたければどこか部屋を……」
「ありがとう。でも、神があの子を召されたんだ。御心に従うしかない」
 悲しみを堪えながら穂積は言う。
「……本当にこれが神の御心なのか? 最愛の我が子を奪い取られて、それでも神は愛だと言えるのか?」
 私は思わず異を唱えた。
「ああ、神は愛だよ。それは間違いない」
 穂積は言い切った。――こいつは一体何を信じているのだろう? 何があっても神の愛、神の御心なのか? 半ば呆れながらも、妙に穂積が輝いて見えた。

 久々に娘が起きている時間に帰宅できた。娘は喜んで私にまとわりついてくる。私にとっても貴重なひとときだ。
「なんでミカが生まれてきたか知ってる?」
 ちょっと大人びた問いかけに、つい顔がにやけてしまう
「どうしてかな? 教えて」
 わからないふりをする私に、娘はにこにこして答える。
「神様がね、ミカに言ったの。パパとママの子供になりなさいって」
「そうかあ。じゃあ、神様にお礼言わなきゃな。ミカをパパたちの子供にしてくれてありがとうって」
 娘の頭を撫でながら思う。この子がいない人生なんて考えられない。この子を奪う者は神であっても許さない。だが――この子を与えたのも神なのか?
(神は愛だよ)
 穂積の顔が心に浮かんだ。




※2013年7月に執筆。


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