小堂探偵事務所に一人の女性が訪ねてきた。 「小堂君、久しぶり」 いきなり君付けで呼ばれ、小堂は当惑した。 「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」 カッコ悪いと思いながらも、小堂は聞き返さざるを得なかった。 「私です。Y高校で同じクラスだった、今川結衣です」 「えっ、今川さん?」 確かにそんな名前の女子が同級生にいたが、まるで印象が違う。 「わからなくて当然かも。昔は眼鏡かけて地味だったから……」 結衣がくすっと笑う。 「いや、気付かなくてごめん。すっかり見違えたよ。こんな美人を忘れるなんて、早くもボケたのかと焦った」 小堂は頭を掻いた。 「まだ二十代よ。小堂君は頭良かったけど、こういう仕事に就いたのね。――突然ごめんなさい。小堂君にお願いしたいことがあって……」 「僕に? 何の依頼?」 「……探偵って秘密厳守よね?」 「もちろん」 「これを見てほしいの」 結衣はバッグから白い封筒を取り出した。 「先月父が亡くなったの。遺品を整理してたらこれが出てきた。私宛てだったから、中身を読んだんだけど……」 小堂は封筒を受け取り、中から便箋を取り出した。
『結衣へ
これをお前が読んでるということは、私はもうこの世にいないのだろう。 できればお前の花嫁姿を見届けたかったが、叶わないかもしれない。 万一のために書き残しておいたほうがいいだろうと思い、筆を執った。 実はずっとお前に隠してきたことがある。 この秘密はお前を驚かせ、傷つけるかもしれない。 しかし、永遠に私一人の胸の内に秘めておくのは心苦しい。 かといって、面と向かって話すのも躊躇われる。 父一人子一人で何でも話してきた仲だが、これだけは言えなかった。 だが、やはりお前には真実を伝えるべきだろう。
お前に秘密にしていたこと、それは――私はたくさんの人を殺したということだ。 普通の会社員の私が何故、と不思議に思うだろうが、ちゃんと証拠がある。 その証拠を次の場所に隠してある。
とんらとちに ちこなすちい きちのなこなかにみらなすち
暗号にしたのは、みつけてほしい気持ちと見られるのが怖いという気持ちが入り混じっているからだ。 お前が見たくないなら放っておいてもいい。 みつけた場合もどうするかはお前の判断に任せる。 勝手を言ってすまない。これで私の隠し事はなくなった。 お前の幸せを心から祈っている』
読み終えた小堂は結衣の顔を見た。 「昔からクイズやドッキリが大好きで、私の困った顔を見て喜んでたけど……。まさか最後にこんなとんでもない遺言を残してくれるなんて」 結衣はため息をついた。 「僕に暗号を解読してほしいってこと?」 「そう。読まなかったことにしようか、どうしようかってずいぶん悩んだけれど、気になって仕方なくて。でも、私には暗号の意味がわからなかった。内容が内容だけに友達や親戚には相談しづらいし、かといって見ず知らずの人にお願いするのもなんだか……。小堂君が探偵やってるって聞いて、あなたなら事情をわかって秘密も守ってくれるんじゃないかって思ったの」 小堂は結衣に一つ質問をした。 「証拠をみつけたら、今川さんはどうするつもり?」 「わからない……。みつけた時に考えるわ」 それもそうだろう。証拠を一緒に確認して必要ならアドバイスをしたほうがよさそうだ。小堂は結衣の依頼を引き受けた。 「じゃあ、さっそく君の家にお邪魔してもいいかな? 隠し場所を確かめたい」 「えっ、もうわかったの?」 二人は結衣の家に急いだ。
※※隠し場所は推理してみてください※※
小堂が示した場所から出てきたのは、USBメモリだった。 「何のデータかしら……」 不安を抱きながら結衣がUSBメモリをパソコンに挿入した。『A』、『B』、『C』……と名付けられたワードの文書がいくつか入っている。とりあえず『A』を開いた。
『ある閑静な住宅街。町のリーダー的存在である馬場樺子は、ごみ収集所に黒いポリ袋が混ざっていることに気付いた。 「指定の袋以外出しちゃいけないのに」 文句を言いながらその袋を持ち上げようとしたが、かなり重い。 「え……?」 穴が開いていたのか、液体が垂れている。その色は赤い。 「何、これ……」 おそるおそるポリ袋の口を開く。 「きゃああぁぁっ!」 見えたのは人の腕、髪の毛……』
このUSBメモリの意味を悟った小堂がにっこり笑う。 「ミステリー小説だね。多分、お父さんが書いたんだよ。確かに人をたくさん殺してる」 小堂の言葉を聞きながら結衣は涙ぐんでいた。 「もう……。休みの日も仕事してると思ったら……」 「小説書いてるって照れ臭くて言えなかったんだよ、きっと」 涙を拭きながら父の小説を読み続ける結衣に、小堂は優しく寄り添った。
※2013年6月に執筆。
※隠し場所の暗号のヒントおよび答えを知りたい方は下にスクロールしてください。
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<ヒント>
パソコンのキーボードに注目。
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<答え>
書斎 油絵 額縁の裏
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