『ぬこ様の肉球にかけて、俺は真実を暴く!』 テレビから聞こえるドラマの主人公の台詞。今話題の深夜ドラマ『ぬこ厨探偵 猫川唯斗』だ。 「そうそう難事件に遭遇するかよ。この決め台詞、意味不明。どうせ犯人はあの医者だろ? 知識を利用して、犯行時刻を遅らせたんだ」 ぶつぶつ文句を言いながらも、何故か毎週見てしまう。 「お前も好きだな。明日は早いんだから、さっさと寝ろよ」 所長が私に声をかけ、二階に上がった。そうだった、明日は始発に乗るんだった。 ドラマの探偵とは違い、実際の探偵は決して華やかな仕事ではない。特にうちは人探しを専門にしているので、聞き込みを中心とする情報取集が主な仕事となる。所長と私の二人しかいないから、これで結構忙しい。 明日私はT県に行かなければならない。探してほしいと頼まれた男性がそこで暮らしているという情報を得た。初恋相手だそうだ。本人が療養中で、息子が代理で事務所に来た。生きているうちにもう一度会って話したいのだという。そう珍しい依頼でもないが、対象者本人と接触するのはやはり緊張する。 ドラマの続きが気になるが、録画することにした。寝坊してはいけない。一階の事務所から二階の住居スペースへ移動し、所長の隣で床に就いた。
翌朝、始発電車でT県に向かった。最初の手がかりは名前と若い頃の写真だけだったが、現住所までたどり着けた。住宅街だ。慎重に番地と表札を確認する。ここだ。チャイムを鳴らす。年配の男性が出てきた。写真の面影がある。自分の身分を名乗り、依頼された人物であることを確認した。用件を伝える。 「そうですか、志津江さんが……。わかりました。私も会いたいし、都合がいい日を連絡してほしいと伝えてください。志津江さんは体が大変でしょうから、私が会いに行きます」 男性は快く返答してくれた。このことを依頼者に連絡すれば私はもうノータッチだが、無事に再会できそうだ。
事務所に戻ったのは夕方だった。所長に結果を報告する。 「ご苦労さん。大きなトラブルもなく事が運んでよかった」 「そうですね。あ、これ領収書です」 財布からレシートを出した。 「最近は忘れないな。昔はうっかりして自腹になることもあったのに。成長したなあ」 所長が苦笑いをしながら受け取る。 「そりゃ五年もやってれば」 「もうそんなになるか? 俺も年取るはずだ。……やっぱり羨ましいか?」 所長が静かな声で聞いてくる。久しぶりの質問だが、私は変わらない答えを返した。 「羨ましいですよ。依頼者も対象者も」
実は私は記憶喪失だ。自分がどこの誰なのかわからない。今使っている名前も仮のものだ。五年半前、林の中で倒れているところを所長がみつけて病院に運んでくれた。病院で目覚めた私はそれまでのことを何も覚えていなかった。身元がわかるような物も持っておらず、とりあえず所長が面倒を見ることになった。全国紙に写真を載せてもらったりしたが、有力な情報はなく、親族や友人が名乗り出ることもなかった。 「俺、人探しの仕事やってんだ。よかったら手伝わないか? 人助けの中でお前を知ってる奴に出会うかもしれないし、見覚えのある場所に行くこともあるかもしれない」 所長の好意に甘えて探偵助手になったものの、いまだに昔のことは思い出せない。どこでどんな家族と暮らしていたのか、どんな友人がいたのか。私が調べてほしいくらいだが、何も手がかりがないのだ。難航する以前に調査のしようがない。 対象者が依頼者に会うことを拒否する場合もある。残念ながらすでに故人となってしまっているケースもある。しかし、私はそれすら羨ましい。たとえ今会えずとも同じ地球上に生きていることはわかるし、亡くなってしまっていても依頼者にはその人との思い出がある。そういう縁を持った人がいることがどれほど幸せだろうか。私が会いたい人は誰なのか、私を探している人はいるのか。ずっと靄に包まれている。
「所長も羨ましいですか?」 私は所長に尋ねた。 「まあな。やっぱり生きているうちに会って伝えておかないとな」 所長はずっと前に奥さんを事故で亡くしている。仕事を言い訳に奥さんを大事にしてやらなかったと、今も悔いている。もっと愛と感謝の言葉を告げておけばよかったと後悔している。だから会いたい人たちの縁を取り持つ仕事をしているのだろう。自分と同じ思いをする人が少しでも減るように。
調査報告書を仕上げ、録画しておいた昨日のドラマの続きを見た。犯人は私の予想通りだったが、トリックは見当外れだった。事件が解決し、主人公が猫に囲まれている絵でエンディングとなる。案外こいつも寂しい奴なのかもしれない。 誰もが誰かを探している。次はどんな案件だろうか。
※2013年6月に執筆。
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