20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:時空のはざまより 作者:光石七

第10回   四十ニシテ惑ハズ【テーマ:迷う人】
 いつの世にも優柔不断な人間はいるものだ。木野弥生も幼い頃から何かを決めるということが苦手だった。外食したら、他の者はとっくに注文しているのに、最後までメニューとにらめっこするのが弥生だ。好きな人ができても告白すべきかどうかでまず迷い、友人に励まされてやっと告白すると決めても、手紙がいいか、直接告げるのがいいか、いつどこでどんな形で告白しようかと散々悩み、結局その間に他の子が相手に告白してカップル成立。「何もしなかった弥生が悪い」と友人は呆れていた。進学や就職も自分で決断できず、ぎりぎりまで何も手を打たない弥生を見かねて、親が半ば強引に決めてやった。
「慎重って言えば聞こえは良いけど、もっとシャキッとしなさいよ。私たちがいなくなったらどうするの? 誰かに決めてもらわないと何もできないなんて、いい大人が恥ずかしいでしょ」
 母に言われるまでもなく、弥生自身が自分の性格に嫌気がさしていた。もっとスパッと物事を決められたらいいのに。
 ある日、弥生は学生時代のサークル仲間だった綾重奈乃香に呼び出された。奈乃香は薬品会社で新薬の開発に携わっている。
「弥生に治験者になってほしいの」
「治験って?」
「簡単に言えば新薬のモニターかな。実際に薬を使ってもらって、効果があるかどうか体験してもらうの」
 奈乃香は説明を続ける。
「弥生って何かを決めるのにすごく悩んで迷うでしょ? そういう人って多いし、中には日常生活に支障をきたす人もいる。実はね、決められない人って脳内に『ナヤーミン』っていう物質がたくさん出てることがわかったの。そこで、ナヤーミンを押さえる薬を作ったんだけど、本当に決断力が上がるか確かめたいの。弥生なら効果がわかりやすいでしょ? お願い、協力してくれない?」
 安全性は確認済みであり、謝礼も出るからという奈乃香の押しに負け、弥生は承諾した。
 渡されたのは瓶詰めのカプセルだった。
「一日一回、二個ずつね。四十日分。一週間くらいで変わってくると思う。うまくいけば、この一瓶で体質……じゃないか、性格改善よ」
 薬で性格が変わるだろうか? しかし、弥生が損をすることは何もないし、一日一回くらいサプリメントだと思えばそう負担でもない。あまり期待せずに一週間飲み続けた。
「木野さん、ランチ行かない?」
 職場の同僚に誘われ、弥生は新しくできたオーガニック・レストランに行った。健康志向だし、値段もそこまで高くない。
「ねえ、こだわりハンバーグだって」
「いいね。でも、チキンも捨てがたいかも……」
「パスタも美味しそうじゃない?」
 メニューを見ながら、同僚たちが悩んでいる。
「私、白身魚のポワレにする」
 弥生の言葉に同僚たちは目を丸くしたが、言った本人がもっと驚いていた。何故か無性に魚が食べたくて、このメニューしか目に入らなかったのだ。
(薬の効果なの?)
 まだ半信半疑ながらも、迷わずに決めることはなんだか気持ちがいい。弥生は薬を飲み続けることにした。
 その後も、今までの自分ならなかなか決断できなかったことをすっと決めてしまう体験が続いた。洋服を短時間で選んで買ったり、旅行の行先に迷っている両親にお勧めの場所を教えたり、新しい企画を思いついて上司に提案したり、弥生は自分が変わってきていることを感じた。最近はきはきしていると、職場での評価も上がってきた。極めつけは、軽井という男性社員からの交際の申し込みにその場でOKの返事をしたことだった。弥生も以前から好意を抱いてはいたものの、今までの経験からいくと、間違いなく返答に困るはずだ。弥生は奈乃香に感謝した。デートを重ねるうちに四十日が過ぎ、瓶は空っぽになった。
 弥生は奈乃香に効果があったと伝えた。本当に性格が変わったのか、薬なしでも迷わなくなった。だが、次第に困った状況も出てきた。最初に思ったことをそのまま言動に移してしまうのだ。欲しいと思った物をすぐに買ってしまう。経理に出す伝票を水増ししようとする。一旦冷静に考え直すということができなくなってきているようだ。人件費削減の通達に「社長の給料を減らせばいい」と発言して、リストラの有力候補になってしまった。
 慰めてほしくて軽井のアパートに行ったが留守だった。しばらく待っていると、軽井が若い女と談笑しながら帰ってきた。弥生を見て軽井が固まる。
「この人、誰?」
 女が訝しげに軽井に尋ねる。
「……会社の同僚」
 軽井は素っ気なく答えた。弥生は黙って軽井のアパートを後にした。
 ――もう嫌だ。死んでしまいたい。弥生が自宅に戻ることはなかった。

(弥生、「あまり悩まなくなった」ってうれしそうに言ってたのに……。もっと飲み続けないと定着しないのかしら?)
 葬儀に向かいながら、奈乃香は首をひねっていた。
 薬が認可されるのは、まだ先のようだ。




※2013年6月に執筆。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 214