「ああ。誓って妙な気は起こさない」 水内はそう言うと部屋の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、喉に流し込んだ。声を張り上げていたせいで、喉がカラカラだ。 「お前も飲むか?」 グンに飲みかけのペットボトルを差し出す。グンは受け取って一口飲んだ。 「約束ですよ? リンに変な真似したら命は無いと思ってください。いや、死ぬより辛い地獄だと覚悟しておいてくださいね」 さらに念を押すグンに、水内は呆れてしまった。 (こりゃ重症だな) グンは残りを飲み干し、ペットボトルのキャップを閉めた。 「じゃあ、サムにマッサージを頼んでおきます。今がいいですか?」 「いや、他に仕事があるならそっちを優先してもらっていい。サムの都合がつく時で」 水内はサムを気遣って答えた。 「わかりました。――パソコン、いります?」 意味がわからず面食らったが、先ほどの言い合いを思い出し、水内は苦笑した。 「今のところまだいい。そのうちネットを使うかもな。エロ動画じゃなくて、ニュースとか世の中の出来事を知るために」 「またまた。ホントは見たいんでしょ?」 グンが茶化す。 「それはお前じゃないのか? 健康な男子なら当然だ」 逆に水内がグンをからかった。二人で顔を見合わせて吹き出した。 「リン以外なら、水内さんがどんな対象を愛そうと構いません。動画もエロゲーも好きなだけどうぞ」 「お前、偏ってんなあ……。あ、そういえば、なんでお前ら日本語なんだ? ミラー博士が日本語で話すからお前らもそうだっていうのは、サムから聞いたけど」 水内は『Canaan』に来た時から気になっていたことをグンに尋ねた。一瞬顔がこわばったグンだったがすぐ笑顔に戻り、穏やかに答えた。 「所長の最愛の人が、日本語を好んで使っていたからです。所長も日本の文化は素晴らしいと絶賛してたし。それに、ボクとリンには日本人の血が四分の一流れてるんですよ」 「お前ら、クォーターだったのか。母親がハーフってわけだ。ミラー博士は奥さんに合わせて……。なるほどな」 水内は納得した。 「ミラー博士は夫婦で出かけてるのか?」 子供たちとサムだけがここに残っていることから、水内はそう推察した。 「僕たちに母はいません。ずっと前に死んでます」 「あ、悪いこと聞いたな。ごめん」 表情を変えずに答えたグンに水内は謝った。 「気にしないでください。じゃあ、僕はこれで」 グンは水内の部屋を出ていった。
その頃、リンは水内の健康診断のデータと今日の結果をパソコンに入力していた。 「リン様、そろそろ食事にしませんか?」 サムが声をかける。 「キリがいいところまでやったら食べる。グンは?」 リンはパソコンに顔を向けたままだ。 「水内様と少し話してから、バクテリアの様子を見ると」 「ああ、いつものやつか。毎日熱心だな」 グンは農業や医療への活用を目指して、微生物を独自に研究していた。 「夕食はご一緒がいいですか?」 「集中すると時間を忘れるだろうし、声をかけなくてもいい」 リンの動きが止まった。サムのほうを見る。 「ナッドが出ていくところ、サムも見てないんだよな?」 「はい。メンテナンス中でしたので」 「そうか……」 リンはうつむいた。 「食事の用意をさせていただきます」 サムが退出した。
水内と話した後、グンはミラー博士の部屋にいた。フロッピーやCD-R、メモリーカードを次々にパソコンに挿入し、中身を確認していく。 (くそっ、違うやつばっかだ) 隠すように保管されていたデータを探しては内容を見る。このひと月ほど、グンはこの作業を繰り返していた。 (……ん?) 次のメモリーカードを差し込んだが、素直に読み込まれない。画面にポップアップが表示される。 『Password,please!』 (みつけた……) グンは思いつく言葉を入力し始めた。
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