その日の夕方、水内の部屋を訪れた者がいた。グンだ。 「水内さん、今日はお疲れ様でした。久しぶりに体を動かしてきつくなかったですか? サムにマッサージをお願いしましょうか?」 笑顔で優しく気遣ってくれる。 あの後、水内と目が合ったグンはすぐにいつもの柔和な顔に戻った。着替えたリンがプールに戻ってくると、和やかにタイムの計測が行われた。水内はグンが自分に向けたあのきついまなざしが少し気になったが、面と向かって訳を尋ねるのはなんだかはばかられた。 「ストレッチはしたけど、一応頼もうかな」 そうグンに告げる。グンは頷いた。 「わかりました。その前に、少しだけお話いいですか?」 穏やかなようで、妙に気迫が感じられる。 「一つだけご忠告しておきます。――リンに手を出さないでくださいね」 「……は?」 水内は呆気にとられた。グンはとげのある言葉を続けた。 「ずぶ濡れになったリンをずっと見てましたよね? 顔がにやけてましたよ」 「にやけてなんかいない。急にプールに落ちたから、驚いただけだ」 弁明しながら、あの時のグンの慌てぶりは妹を好色な目で見られたくないということだったのかと、水内はようやく理解した。グンの声に冷やかさが増す。 「そうですか? 体の線をガン見してた気がするけど」 「それはない。俺、ロリコンじゃないし」 はっきり言ってやった。しかし、グンは訝しげに水内を見る。 「その割には着替えに行くリンを目で追ってましたけど」 グンの追及は厳しい。 「大丈夫かって心配しただけだぞ。それに、こう言っちゃ悪いが、あの発育不良の胸に色気は感じない」 性的な対象にはならないという意味で言ったつもりだったが、グンは憤った。 「しっかり確認してるじゃないですか! やっぱりいやらしい目で見てたんだ! 『口は悪いけど案外ドジっ子でかわいいな。萌えるな、グヘヘ』なんてことも思ったんでしょ!」 「そんな下品な笑い方するかよ」 水内は確信した。――こいつ、シスコンだ。 「純粋なリンを汚さないでください! パソコンでいくらでもアダルト動画見ていいから、リンに欲望をぶつけるのだけはやめてください!」 「だから、そんな目で見てないっつってるだろうが!」 なんだか怒鳴り合いになりつつある。 「どうだか。男なんてそんなもんでしょ? 水内さん、離婚してから女っ気ないし、かなりたまってそう」 「人のプライバシーを勝手にねつ造するな!」 「え、借金まみれのくせに女性と遊んでたんですか? うわっ、サイテー!」 「遊んでない! 勝手に決めつけるな!」 いつしか水内は本気で腹を立てていた。 「こんな最低男がリンの近くにいるなんて……」 グンが顔を歪めて嘆く。 「だから、お前が勝手に思い込んでるだけだ! だいたい、そっちが俺を呼んだんだろうが!」 水内が言い返す。だが、グンも負けていない。 「研究のためじゃなきゃ呼びませんよ、あなたみたいな変態」 「俺は変態じゃない! 極めて普通だ!」 思い込みで変質者にされてはたまらない。 「普通の男だったらリンを放っておかない。どっちにしろ危険だ!」 「お前、頭大丈夫か!? 妄想し過ぎだ! 中学生なんて対象外だ! 俺はあの子に手を出したりしない!」 「――本当ですね? 絶対ですね?」 グンの声が静まり、やっと口げんかが収束した。
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