数日後。次にグンたちから指示されたのは、体力と運動能力のテストだった。 「現役時代との差も考慮したほうがいいので。無理のない範囲でいいですよ」 グンは穏やかに言う。トップアスリートとして活躍していた時のデータはすでに入手しているらしい。水内は大人しく従った。 「小さい頃から鍛えてただけある。さすがだな。三十代後半の男性の平均に比べれば、かなり数値がいい」 リンが体力テストの結果に感嘆する。水内自身は体がなまっている感覚があったが、最盛期の自分を知らない世代のグンとリンに元メダリストの意地を見せることができ、ほっとした。 今のタイムも知りたいと、今度はジムの奥のプールに案内された。 (ここは何でもあるな) 水内は改めて『Canaan』の設備の充実度に感心した。水着に着替え、アップをして水の中に入る。 「君たちは、俺の若い頃なんて知らないだろ?」 久々の水の感触に昔を思い出しながら、水内はグンとリンに問いかけた。 「所長が録画した番組とか、過去の大会やオリンピックは何度も観ました。名前のごとく、水に遊んでいるような星ですね。圧巻でした」 「ウォルトと競った試合はすごかった。三度目の世界選手権だったかな? オッサン、あの頃より太ったな。昔はもっと体が引き締まってた。ま、別に今は世界新とか期待してないけど」 研究のためかもしれないが、映像を集めてかつての自分の雄姿を確認してくれたのだ。やはりうれしいものだと水内は思った。 「リン、わかんないよ? アラフォーの世界記録更新かもしれない」 「何だ、それ? どこに申請するんだ?」 グンとリンのやりとりもなんだか微笑ましく感じてしまう。現金なものだ。 「グン、これって競泳用か? 大会で使うのと違ってたら、タイムに影響しないか?」 リンが飛び込み台を手で軽く叩いた。 「あくまで参考だし、そこまで厳密でなくてもいいんじゃない?」 「でも、スタートが肝心だろ? こうやって蹴るんだから……!?」 飛び込み台の上に立って構えたリンがプールに落ちた。漫画のような展開に、水内は言葉を失った。 「リン!」 グンが叫んだ。リンはすぐに水面に顔を出した。髪が濡れて顔に張り付いている。 「カナヅチじゃないし、溺死はしない。心配するな。服が水を吸って重いから、あっちから上がる」 リンはプールサイドに泳いで向かった。はしごに手をかけ上り始める。 「サム! すぐタオル持ってきて!」 グンが慌てて指示を出した。濡れた服が体に張り付き、妙になまめかしいのだ。サムが駆けだす。グンは自分の白衣を脱いで、上がってきたリンに掛けてやった。 「別に風邪をひくようなこともないだろ。大げさだな」 「そういう問題じゃないよ!」 グンが何を心配してるのか、リンは全く気付いていない。サムが大きめのバスタオルを持ってきた。グンはそれを奪い取ってリンの体を覆った。 「リン、部屋に戻って着替えて。僕が水内さんのタイム計っておくから」 「私も見たいんだけど。元メダリストの泳ぎが気になる」 リンは不服そうだ。グンはリンの背中をポンポンと叩いた。 「だったら、ちゃんと着替えてから来て」 「うるさいな、グン。わかったから。――水内のオッサン、悪いけど待っててもらっていい?」 呆然と光景を見ていた水内は、条件反射的に頷いてしまった。リンは一旦プールを後にした。痛いような視線を感じて水内がその方向を見ると、グンが静かな炎を目に湛えて自分を睨みつけていた。
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