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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第5回   (二)データ提供@
(二)データ提供


 『Canaan』に来て半月あまり経ち、水内はサムを呼んで少しずつ研究に協力していく旨を告げた。
「では、グン様とリン様にそのように伝えます」
 サムはいつもの笑顔でそう言った。助手というより執事のようだと水内は思った。ミラー博士が留守中の子供たちの世話も任されているのだろう。
 遺伝子の研究というから細胞を採取するものと思っていたのだが、サムを通じたグンたちの指示は少々意外なものだった。
「明日水内様の健康状態を調べるので、夜九時以降の飲食は控えてください。それから、この問診票に記入をお願いします」
 グンかリンに直接言われたら、手の込んだ病院ごっこだと思ったかもしれない。水内の体調を気遣っているのか、研究の上で健康体かどうかが重要なのか、そこは判断が付かないが、相手が子供なだけに少々複雑な気分になる。人間ドックだと自分に言い聞かせながら、水内は問診票に回答を書き込んでいった。
 翌日、丸一日かけて様々な検査が行われた。医師役、検査技師役はやはり双子の兄妹だ。時々サムが看護師役でサポートする。ほとんど病院で行う検査と同じだったが、白衣姿の子供が説明をしたり器具を扱ったりするのはどうも違和感がある。
 内視鏡の代わりにカプセル状の超小型カメラを飲み込んで消化器官の状態を映す技術には驚いた。薬を服用する感覚で気持ち悪さがほとんどないし、麻酔も要らない。移動やズームもリモコンで遠隔操作できる。開発はされているが、量産・普及が遅れているのだという。
「少し胃壁が荒れてますね。良くなってはいるみたいですけど、ストレスが大きかったんでしょうね」
 リモコンを手にしたグンが、モニターを見ながら言った。水内は苦笑した。
 採血の際、水内は少し肝を冷やす体験をした。初めはサムが採血管と針を手にしていたのだが、リンが「自分がやる」と言い出して代わったのだ。
「ネズミやサルは飽きた。たまには人間の血管に針を刺したい」
 水内は自分がおもちゃになっているような気がした。グンは「リンがそうしたいなら」と笑顔で了承し、サムもすんなりリンに器具を譲った。
「せっかくだから、一リットルくらい採るか? それだけあれば、他にもいろいろデータが取れる」
 静脈の位置を探りながら真顔で言うリンに、水内は一抹の不安を感じた。
「採り過ぎだよ。人によっては危ない量だし、必要に応じてその都度採血させてもらったほうがいいと思うよ」
 にこにこしながらグンがリンを諌める。
「早くデータが欲しいじゃないか。体格良いし、それくらいで死にはしないと思う」
 リンの言葉を聞いて水内は青ざめた。
(俺はモルモットか? モルモットと同じ扱いなのか?)
 グンが水内の表情に気付いた。
「リン、水内さんが引いちゃってるよ。――水内さん、大丈夫ですよ。リンは実験とか検査が大好きなだけです。僕もそうだけど。正しいやり方は知ってるし、ちゃんと必要量だけ採血しますから」
(フォローになってねえよ)
 水内は余計に心配になってしまった。結局は痛みもほとんどなくスムーズに普通の採血が行われたが、血液の入ったホルダーをうれしそうに眺めるリンを見ると、子供の遊びに付き合っているだけではないかという疑問が水内の心に湧くのだった。
「……ミラー博士はいつ帰ってくるんだ?」
 心の内を読まれないように軽い口調で尋ねたつもりだったが、グンは水内の本音をあっさり見破った。
「僕らだけじゃ不安ですか? まあ、無理もないけど。でも、僕たちも遊びでやってるわけじゃないので。これでも研究者の端くれだから。――所長は当分帰ってこれないと思います。仕事を頼まれると数か月留守にすることもあるんです。ここにいたとしても、水内さんへの対応は僕たちが任されると思います。所長はデータの分析と整理がメインなので」
 どうやら双子に身を委ねるしかないようだ。水内はため息をついた。


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