グンが落ち着くのを待って、水内は昨夜からの経緯を聞いた。 「事実を思い出したショックで、か……」 水内がため息をついた。繊細なリンには衝撃が大きかったのだろう。 「思い出したショックというより……。父親も、僕も……世界平和のためっていう目的も……信じてたものが全部崩れちゃったんだと思う」 グンの目はまだ赤いが、心なしか顔はすっきりしている。 「お前らの世界は狭すぎたんだよ。他を知らないから、心を閉ざすことで自分を守るしかなかったんじゃ……」 「今更言われてもしょうがないじゃないですか」 水内の指摘にグンは反論した。ふくれっ面のようでどこか甘えているような表情だ。信頼できない相手には見せない顔だろう。 「確かに今更かもしれないけどさ。でも、今からでも遅くはないぞ? きちんと他人と向き合って世界を広げていけよ。全部を理解し合う関係は難しいし、馬が合わない奴もいるけど、揉まれながら学ぶこともあるさ。案外今の世の中も捨てたもんじゃない……って、俺が言っても説得力ねえな」 水内は頭を掻いた。 「元自殺志願者の言うことですからね。確かに説得力ゼロだ」 グンがかすかに笑った。 「……で、これからどうするつもりだ?」 水内はグンに聞いた。 「とりあえずリンのそばにいますよ。自力で動けないんだから、いろいろ世話をしなくちゃ。毎日話しかけてあげたいし。長期戦になるだろうけど治る可能性もゼロじゃないし、リンがいてこそ僕の人生も意味があるから」 「そうか……」 グンとしては当然の答えだろう。 「水内さんは?」 今度はグンが水内に尋ねた。 「そうだなあ……。俺もここにいようか? 一人じゃ介護も大変だろうし」 「絶対ダメです!」 グンは即答だった。 「リンの着替えとか裸とか、絶対見せらんない! サムがいるから、僕だけで大丈夫です!」 ――この状況でそこを気にするか? そう思ったが、グンの意志を尊重することにした。 「じゃあ……俺ももう一度世界を広げてみるかな」 水内は心に湧いてきている思いを口にした。 「何するんですか?」 「はっきりとはまだ、な。だけど、俺、生きたいから。生きてくってことは誰かと関わるってことだ。新しく世界を作るってことになるだろ?」 うまく説明できないが、水内は前を向いている自分を感じていた。 「論理が飛躍してる気もするけど、水内さんの好きにしてください。ただし――」 「リンにちょっかい出すな、って?」 グンが言いたいことはもうわかっている。 「そのとおり。直接的にも間接的にもリンに危害が及ぶようなことは、絶対許しませんから」 ――まったく、極度のシスコンというか、愛情が偏ってるというか……。だが、水内はグンの気持ちの中にピュアなものを感じ取っていた。 「友達にそんなことはしないさ。リンもグンも、俺の友達だから」 「だから、僕は認めてないんですけど」 「おいおい、俺の片思いかよ。つれねえなあ」 水内は苦笑した。 「……俺も人生やり直してみる。だから、お前らも新しい世界をみつけろよ。自分たちとは違う人間ともちゃんと向き合ってみろ。また別の生き方が見えるかもしれない。お前らの頭脳をもっといい形で生かす道もあるかもしれない」 「説教ですか。やっぱオッサンだ」 「お前らよりは長く生きてるからな。人生の先輩としてちょっとはカッコつけさせろ」 水内もグンも口では突っ張っているが、目は笑っている。 「……頭の片隅には入れときます。でも、差し当たりはリンの面倒を見るので」 グンが言った。 「それはそうなるか。仕方ない」 水内は頷いた。グンがリンを大切に思うのは本来おかしなことではない。本当は皆純粋なのだ。グンがリンの笑顔を願うのも、リンが父親の役に立ちたいと研究熱心だったのも。水内が水泳を始めた理由も、両親が喜ぶからだった。 (誰かのためにって思いは悪いもんじゃない。どこかでねじ曲がったり掛け違えたりしなければ……) 水内はそんなことを思った。
水内は日本に帰ることを決めた。『Canaan』を発つ時、グンはリンを車椅子に乗せて見送ってくれた。 「いろいろあったけど、俺はここに来てよかったと思う」 水内は屈んでリンの目をみつめた。 「リン。リンと友達になれて本当にうれしかった。リンのおかげで大事なものを取り戻せた気がする。離れていても友達だからな。十分休息を取ったら、動き出せよ。また会おう。ゲームのリベンジも待ってるぞ」 水内はリンの手を握り、グンとも握手をした。そしてサムが運転する船で『Canaan』を後にした。
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