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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第39回   (五)本当の願いG

 グンが落ち着くのを待って、水内は昨夜からの経緯を聞いた。
「事実を思い出したショックで、か……」
 水内がため息をついた。繊細なリンには衝撃が大きかったのだろう。
「思い出したショックというより……。父親も、僕も……世界平和のためっていう目的も……信じてたものが全部崩れちゃったんだと思う」
 グンの目はまだ赤いが、心なしか顔はすっきりしている。
「お前らの世界は狭すぎたんだよ。他を知らないから、心を閉ざすことで自分を守るしかなかったんじゃ……」
「今更言われてもしょうがないじゃないですか」
 水内の指摘にグンは反論した。ふくれっ面のようでどこか甘えているような表情だ。信頼できない相手には見せない顔だろう。
「確かに今更かもしれないけどさ。でも、今からでも遅くはないぞ? きちんと他人と向き合って世界を広げていけよ。全部を理解し合う関係は難しいし、馬が合わない奴もいるけど、揉まれながら学ぶこともあるさ。案外今の世の中も捨てたもんじゃない……って、俺が言っても説得力ねえな」
 水内は頭を掻いた。
「元自殺志願者の言うことですからね。確かに説得力ゼロだ」
 グンがかすかに笑った。
「……で、これからどうするつもりだ?」
 水内はグンに聞いた。
「とりあえずリンのそばにいますよ。自力で動けないんだから、いろいろ世話をしなくちゃ。毎日話しかけてあげたいし。長期戦になるだろうけど治る可能性もゼロじゃないし、リンがいてこそ僕の人生も意味があるから」
「そうか……」
 グンとしては当然の答えだろう。
「水内さんは?」
 今度はグンが水内に尋ねた。
「そうだなあ……。俺もここにいようか? 一人じゃ介護も大変だろうし」
「絶対ダメです!」
 グンは即答だった。
「リンの着替えとか裸とか、絶対見せらんない! サムがいるから、僕だけで大丈夫です!」
 ――この状況でそこを気にするか? そう思ったが、グンの意志を尊重することにした。
「じゃあ……俺ももう一度世界を広げてみるかな」
 水内は心に湧いてきている思いを口にした。
「何するんですか?」
「はっきりとはまだ、な。だけど、俺、生きたいから。生きてくってことは誰かと関わるってことだ。新しく世界を作るってことになるだろ?」
 うまく説明できないが、水内は前を向いている自分を感じていた。
「論理が飛躍してる気もするけど、水内さんの好きにしてください。ただし――」
「リンにちょっかい出すな、って?」
 グンが言いたいことはもうわかっている。
「そのとおり。直接的にも間接的にもリンに危害が及ぶようなことは、絶対許しませんから」
 ――まったく、極度のシスコンというか、愛情が偏ってるというか……。だが、水内はグンの気持ちの中にピュアなものを感じ取っていた。
「友達にそんなことはしないさ。リンもグンも、俺の友達だから」
「だから、僕は認めてないんですけど」
「おいおい、俺の片思いかよ。つれねえなあ」
 水内は苦笑した。
「……俺も人生やり直してみる。だから、お前らも新しい世界をみつけろよ。自分たちとは違う人間ともちゃんと向き合ってみろ。また別の生き方が見えるかもしれない。お前らの頭脳をもっといい形で生かす道もあるかもしれない」
「説教ですか。やっぱオッサンだ」
「お前らよりは長く生きてるからな。人生の先輩としてちょっとはカッコつけさせろ」
 水内もグンも口では突っ張っているが、目は笑っている。
「……頭の片隅には入れときます。でも、差し当たりはリンの面倒を見るので」
 グンが言った。
「それはそうなるか。仕方ない」
 水内は頷いた。グンがリンを大切に思うのは本来おかしなことではない。本当は皆純粋なのだ。グンがリンの笑顔を願うのも、リンが父親の役に立ちたいと研究熱心だったのも。水内が水泳を始めた理由も、両親が喜ぶからだった。
(誰かのためにって思いは悪いもんじゃない。どこかでねじ曲がったり掛け違えたりしなければ……)
 水内はそんなことを思った。


 水内は日本に帰ることを決めた。『Canaan』を発つ時、グンはリンを車椅子に乗せて見送ってくれた。
「いろいろあったけど、俺はここに来てよかったと思う」
 水内は屈んでリンの目をみつめた。
「リン。リンと友達になれて本当にうれしかった。リンのおかげで大事なものを取り戻せた気がする。離れていても友達だからな。十分休息を取ったら、動き出せよ。また会おう。ゲームのリベンジも待ってるぞ」
 水内はリンの手を握り、グンとも握手をした。そしてサムが運転する船で『Canaan』を後にした。


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