グンは水内につけた傷をしばらくみつめていたが、次にメスを水内の首筋に当てた。頬から出た血が少量首に付着する。メスが肌に押し付けられるのを感じ、水内は目を閉じた。 (今度こそ終わりか) だが、グンはメスを走らせることなく、水内の首から離した。そしてそのまま手を下ろし、冷たい声で言い放った。 「――失せろ。これ以上モルモットに用は無い」 水内は目を開けてグンを見た。メスを握ったまま、俯いて体が震えている。 「……殺さないのか?」 水内は尋ねた。 「それでリンが元に戻るなら……何度でも殺しますよ……」 グンの声はか細かった。 「水内さんを殺したって……人類を滅亡させて二人きりになったって……リンが元気でなくちゃ、何の意味も無い……」 グンの手からメスが滑り落ちた。 「リンは、治らないのか……?」 素人目にもリンの状態は異常だとわかる。グンがここまで動揺していることを考えても、治療が難しいことは推測できた。 「……わかりません。ずっとこのままなのか、いつかは治るのか……。大きなショックを与えないようにして、根気よく接し続けるしか……ない」 グンは顔を上げようとしない。水内がこんなグンの姿を見たのは初めてだった。 「なんで……? 僕はただ……リンに……隣で笑っててほしかっただけ……」 グンの足元に雫が落ちる。 「リンが、リンらしく……笑顔でいてくれれば……それでよかったんだ……」 力無く立っているグンは、今にも倒れそうだ。 「サム、放してくれないか?」 水内は自分を拘束しているサムにこう頼んだ。 「はっきりと指示を受けておりませんが」 サムは杓子定規的に答える。 「グンは俺に『失せろ』って言っただろ? それに、こういう時は誰かが包み込むなり支えるなりしてやるもんだ」 「……畏まりました」 サムは初めての状況をそれなりに分析して水内の意図を理解したらしく、水内を解放した。 「お前、本当にリンが大事なんだな……」 水内はグンの頭を抱えて自分の胸に押し付けた。 「……さっさと出て行ってくださいよ。殺されたいんですか?」 くぐもった声でグンが言う。 「殺しても意味無いんだろ? それに、船も無しに出て行けねえって。弱ってる奴放っとけるほど、俺も冷血漢じゃないしな」 「リンが……心配だから?」 グンは水内を突き放そうとはせず、為すに任せている。 「リンもだけど、お前もな。友達が大変なのに、無視するわけにいかないだろ」 水内は、前日リンが自分に言った言葉を思い出した。 「誰が友達だって……? 僕はまだ認めてない」 そう言いながらも、グンは水内を押しのけようとも腕を振り払おうともしない。 「さっきリンに言ったじゃないか。リンの友達なら自分も友達だって。俺と仲直りしたって」 水内はグンの頭をポンポンと叩いた。 「……建前に決まってるじゃないですか。僕は……あなたを殺そうとしたんですよ? 今までビビりまくってたくせに……。そんなお人よしだから……借金……押し付けられて……逃げられ……」 最後のほうはほとんど聞き取れない。グンは水内の胸で声を上げて泣き始めた。水内はグンの背中を優しくさすってやる。 リンはいつのまにか目を閉じて眠っていた。サムがベッドの傾斜を元に戻して枕の位置を整えた。
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