サムがドアの前で立ち止まった。 「グン様、水内様をお連れしました」 「入って」 グンの言葉に従い、サムは水内を抱えたままドアを開け、部屋の中へと歩みを進めた。後ろ向きに担がれている水内には、まだ双子の様子は見えない。 「下ろしてあげて」 水内はようやく床に足を着けることができた。サムの手が体から離れたと思った瞬間、グンに強く腕を引っ張られる。 「リン、水内さんだよ。またゲーム対戦したら? 今度は僕も混ぜてよ」 思いがけないグンの台詞に戸惑いながら、水内はリンのほうを向いた。 (え……?) 「リンと水内さんが友達なら、僕と水内さんも友達でいいよね? リンの言うとおり、仲直りしたよ」 グンは懸命に笑顔を作って水内と腕を組んでリンに話しかける。しかし、ベッドのリクライニングで上体を起こしているリンは何も答えなかった。目を開けてはいるもののどこを見ているのかわからず、表情が消えている。まるで人形がそこにいるようだった。 「それとも水内さんに泳ぎを教えてもらう? 水着探してたんでしょ? 僕も一緒に習おうかなあ?」 やはり返事は無い。時折瞬きだけはするが、リンの体はピクリとも動かない。 「リン……何か言って……。僕を見てよ……」 グンは涙目になってリンの顔を両手で挟み、自分の顔を近づけた。だが、リンの瞳はグンではなくどこか遠くを見ている。グンはリンの顔から手を放し、片手で彼女の頭を撫で、そのまま肩から腕をなぞった。手を取って甲に軽くキスをする。リンはされるがままだったが、表情に変化は無かった。 「リン、どうしたんだ? 何があった?」 水内は目線の高さをリンに合わせて問いかけた。それでもリンは何も言わず表情を変えない。 「水内さんでもダメか……」 グンが手を放すと、リンの腕はだらりと垂れ下がった。 「おい、どういうことだ?」 水内はグンに尋ねた。 「……生体維持のための自律神経系の機能なんかは働いてるんだけど……何を言っても何をしても反応しないんだ。自発的な行動や感情が全然……」 答えながらグンの顔が歪む。 「なんでだ? 倒れたのは良くなったはずじゃ……?」 「夕べ一旦は意識が戻って話したんだ。でも、また気を失って……。明け方、目が覚めたと思ったら……こんな、魂が抜けたみたいな状態で……」 グンはリンの頬にそっと手を触れた。 「どこが悪いんだ? 天才なら治せるんじゃないのか?」 水内の言葉に、グンはうなだれた。 「器質的な問題じゃなくて……心を閉じ込めちゃったみたい……。少しでも反応してくれないかって、いろいろ見せたり話しかけたりしてるんだけど……」 「それで俺を呼んだわけか……」 上から目線で毒舌で、それでいてどこかかわいらしい、生き生きとしたいつものリンとは全く違う今の姿に、水内は心を痛めた。 いきなりグンが立ち上がり、水の入ったコップを壁に投げつけた。コップは音を立てて砕け散る。しかし、リンには何の変化も無い。 「サム、水内さんをリンの正面で捕まえといて」 グンが命令を出す。サムは水内を素早く後ろ手にして拘束し、引きずってリンの足側に移動させた。水内はリンと向かい合う形になる。グンは白衣のポケットからメスを取り出し、水内の喉元に突きつけた。真剣な表情だ。 「……殺す、か?」 水内が静かに問う。役に立たないなら生かしておく価値は無いだろう。不思議と恐怖心は消えていた。グンは答えず、水内の左頬にメスをさっと滑らせた。血が赤い筋を作る。
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