水内は建物の陰で隠れるように佇んでいた。もう日が高い。グンが部屋を出ていった後、逃げなくてはとボートを探し始めたのだが、海辺には見当たらないし、立ち入り禁止の場所は厳重にロックされている。隠し部屋の存在も考えられるし、どこにあるのか全くわからない。泳いで脱出するにしても、プールとは勝手が違う海では元競泳選手の水内も素人同然だ。波や潮の流れでフォームが狂ったり酔ったりで、体力の消耗が激しいだろう。はっきり底が見えない恐怖は更に心身を衰弱させる。そもそもどこまで泳げばいいのか見当がつかない。見回りの際に航行中の船を見かけたことがないので、救助も期待できなそうだ。 リンのことも気になっていた。倒れたという知らせの後、グンやサムが自分を探しに来る気配がない。 (目を離せないほど深刻な状態なのか?) 元気でいてほしいと願いながらも、自分の身がどうなるかわからない不安もある。 (どうすりゃいいんだよ……) 水内は頭を抱えた。
「水内様、おられたのですか?」 疲れがたまっていたのか、少し眠ってしまったらしい。いつのまにかサムが近くに来ていた。水内は反射的に身を引いた。 「……俺を、殺しに来たのか?」 つばを飲み込んでサムに問う。 「壁の穴の確認に向かっていただけです。水内様のことは放っておいていいと言われましたが、指示に変更がないか確認してみます」 そう言ってサムは内蔵されている通信システムを起動させた。傍目には何も変化はないので、水内にはサムが突っ立っているだけのように見える。 「グン様、水内様をみつけました。どうなさいますか?」 水内はサムの言葉に驚き、慌てて逃げ出そうとした。だが、襟首を掴まれそのままヘッドロックをかけられてしまった。 「畏まりました」 グンから指示を受けたサムはヘッドロックを緩め、水内をひょいと肩に担ぎあげた。そのまま歩き出す。 「おい、俺をどうする気だよ!?」 水内が暴れてもサムはびくともしない。 「リン様のお部屋までお連れするように、とのことです」 サムは淡々と答える。 (リンの部屋って……リンの目の前で殺したりしないよな? いや、記憶を書き換えれば問題ないのか。あれ? どこで殺しても同じ? わざわざリンのところでって……) 一瞬のうちにいろいろな考えが頭をよぎる。 (そもそも……) 「……リンは大丈夫なのか?」 水内は抵抗を止めてサムに聞いた。 「大丈夫とは、どのような意味でおっしゃっているのでしょうか?」 逆にサムに聞き返される。 「体の調子だ。夕べ倒れたんだろ? もう回復したのか?」 「過呼吸でお倒れになりましたが、それはもう落ち着いておられます」 サムの答えは簡潔だが、どこか噛み合わない感じがする。サムの正体を知ればその理由も納得だ。水内を『Canaan』に誘う際は、様々な受け応えや説得方法があらかじめプログラムされていたのだった。 水内はサムの返答を怪訝に思った。リンが元気になったのなら、友達実験を続けそうなものだ。昨日ゲームに負けて悔しそうだったし、リベンジを挑んできてもおかしくない。あるいは違うことを試そうとしてくるかもしれない。しかし、リンも水内を探している様子はない。 (グンが心配性だから、大事を取らされてるのか? でも、グンが俺を呼ぶ理由は? 大切なリンの部屋になんか絶対入れたくねえだろ) 状況が見えない。自分の運命もわからない。 (……やっぱり殺されるのか?) 再び死への恐怖がよみがえり、手足をバタつかせてもう一度抵抗を試みたが、サムは水内をしっかり捕まえている。 水内はサムに担がれたままリンの部屋に連れて行かれた。
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