――リンが記憶操作されたことに気付いた? 思い出したのか? グンは息を呑んだ。 「……本当に……やったのか……?」 リンがかすかに睨むような目つきになった。 「道理で……」 リンは自嘲気味に顔を歪めた。 「……そうか、グンがナッドを……。だけど、ナッドは……私を……?」 だんだん本当の記憶がよみがえってきたようだ。 「リン、ごめん」 グンは謝るしかなかった。 「……世界平和なんて……お笑い草だ……」 「ごめんよ。でも、僕はリンを守りたくて、悲しませたくなくて……」 グンは弁明しようとしたが、リンは聞いていないようだった。 「……私は一体……何を……信じたら……?」 「リン……」 「……全部、間違い……? ナッドも、グンも……私も……間違ってたのか?」 リンの目から涙が溢れだした。 「リン、とりあえず休もう? 今考えても混乱するだけだ」 グンは懸命に笑顔を作り、リンの頬を撫でた。サムが鎮静剤を手に戻ってくる。グンはそれを受け取り、注射の準備を始めた。 「……戻りたい。三人で笑ってた……頃……」 リンの声が途切れた。瞼が閉じられていく。 「リン? ……リン!」 グンの呼びかけに反応しない。すぐに脈と呼吸を確かめ、気を失っただけだとわかったが、尋常ではないリンの様子にグンは打ちのめされた。 「グン様、『ファルシファー』を持ってきましょうか?」 『ファルシファー』とは暗示をかける装置の名前だ。サムの人工知能は、前回の経験からグンが再び記憶操作を行う可能性を導き出していた。 「……今はやめとく。どういう形に書き換えたらいいのかわからないし」 一旦暗示が解けてしまった者に再度記憶操作する場合は、かなり慎重にやらなければ精神障害を引き起こしかねない。安易に使うのは危険だ。 「リンを苦しめるつもりなんてなかったのに……」 グンはリンの涙をそっと拭ってやった。リンの右手を両手で包み、額に押し当てる。 しばらくそうしていたが、グンは立ち上がってクローゼットの中を調べ始めた。紫のイブニングドレスが下に落ちているのをみつけ、それを拾い上げる。 「なんか妙に露出度高くない? さすが変態のチョイス……」 グンの基準からいくとセクシーすぎる。他の女性はともかく、リンには人前で着てほしくない。だが、リンは父親からのプレゼントがうれしかったに違いない。 (まあ、女の子だしね……) リンは積極的におしゃれをするタイプではないが、昔から新しいワンピースやかわいい小物などは喜んでいた。グンもおめかししたリンを見るのは嫌いではない。いつもとは違った魅力があり、愛しさを感じる。 (あの時も……喜んでくれたっけ) 小さい頃、遺伝子組み換えの実験で青いチューリップを咲かせたことがあった。グンはそれを他の花と合わせて即席のカチューシャを作り、リンの髪に飾った。リンは少し照れ臭そうだったが、にこっと笑った。 (リン、めちゃくちゃかわいかったなあ……) 自分が作ったものを気に入ってくれた、その喜びはひとしおだった。この笑顔のためならどんなことでもしようと思った。 グンはイブニングドレスをハンガーに掛け、リンの元に戻った。リンの瞳は閉じられたままで、顔色は冴えない。 「リン……どうしたら笑ってくれる?」 グンが問いかけてもリンは答えない。グンの目に涙が滲み始めた。
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