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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第34回   (五)本当の願いB

 リンはサムの手によってベッドに寝かされていた。意識がなく、顔色が真っ青だ。
(息をしてない!?)
 上下するはずの胸が動いていないのを見て、グンは慌てた。駆け寄って確認すると、虫の息ほどのかすかな呼吸をしていた。
「外傷も脳波や心音等の異常も見られませんし、過換気症候群(精神的要因から起こる過呼吸)だと思うのですが、念のためにお呼びしました」
 サムは双子が幼い頃から世話を任され医学の心得も一応プログラムされているが、万能ではない。グンは手早くリンを診察し、サムの所見が正しいと判断した。呼吸が徐々に落ち着いてきている。グンはリンの傍らに腰掛け、手を握った。
「過呼吸で失神するのはそんなにないはずだけど……。何か変わった様子は?」
 グンは、自分が水内のところに行っている間リンを見張るよう、サムに頼んでおいたのだ。
「私がお部屋に伺うと、水内様に正しい泳ぎ方を習いたいと水着を探しておられました。なかなかみつからずクローゼットの奥まで調べておられましたが、急に動きを止められました。どうされたのかお声を掛けましたところお返事がなく、呼吸が荒くなられてそのまま倒れてしまわれました」
「そう……」
 グンはリンの手を自分の頬に当てた。
「そちらはうまくいったのですか?」
 サムがグンに質問する。
「これからだったけど、リンが心配で放り出してきた」
「申し訳ありません」
「ううん、リンのほうが大事だから」
 グンの本音だった。
「水内様はどうなさいますか?」
「放っておいていいよ。逃げようにも暗いし、船の場所も知らないし。泳いで帰るんなら、途中でサメのエサになるだけだ」
 グンは水内のことよりも何がリンを過呼吸にしたのか気になった。
 やがてリンの瞼が動いた。鳶色の瞳が現れるが、まだ焦点が定まらないようだ。
「リン、痛いところない? ゆっくり深呼吸して」
 グンの言葉に合わせ、リンは息を吸ったり吐いたりを繰り返した。表情が少し苦しげなのはおそらく頭痛のせいだろうとグンは推察した。
「……ナッドは?」
 リンが弱々しい声を出した。
「夢見てたの? 今は何も考えないで、ゆっくり休んで。僕がここにいるから」
 グンはリンの手を握り直し、優しく言った。まずはリンの体調を戻すことだ。
「グンが……殺したのか?」
 リンがぼんやりとグンのほうを見た。グンは一瞬言葉に詰まったが、笑って答えた。
「何言ってるの? ナッドは四年前に船の事故で……」
「そう、だよな……。だけど、あのドレスは……ナッドが今年……プレゼントしてくれた……」
(辻褄が合わなくなりそうなものは処分したつもりだったのに)
 グンはリンの倒れた原因を悟った。
「ちゃんと手渡しで……『今度の誕生日に着てほしい』って……」
 一着のドレスがリンの記憶を刺激し、混乱させてしまったのだ。
「でも、ナッドは……四年前に死んだはずで……生きてるはずがなくて……」
 リンの瞳が虚空をみつめる。
「だけど……ヌシエルに行くって……? 私が……行こうとしたら……グンに止められて……」
「リン、もうやめよう? 今は眠ったほうがいい。――サム、鎮静剤」
 グンは急いでサムに指示を出した。このままではまずい。
「……そうやって……また……記憶を書き換えるのか?」
 リンは焦点が合わない目でグンを凝視した。


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