部屋に戻った水内は少し緊張を解いていた。当面はリンの協力を得ながらなんとかやっていけそうだ。 (でも、これからどうなっていくんだか……) グンが自分に向ける憎悪は変わらないだろうし、『エデン計画』もどんな形で実行されるのか。自分も世界もいつまで無事でいられるか、保証はない。 (人類滅亡の危機を救えってか? 頭の悪い俺に何ができるっていうんだよ?) 考えても名案は浮かばない。一つだけ確かなのは、リンが大きな鍵を握っているといことだ。グンの唯一の弱みであり、何よりも大切なもの――。 (リンと友達っていうのも、諸刃の剣だな) 味方になってくれれば心強いが、同時にグンの怒りを煽ることになる。しかし、ここ『Canaan』で孤立するのは死に直結する。とりあえずさっぱりしようと、水内はシャワーを浴びることにした。 服を着て水を飲んでいると、ドアをノックする音がした。 「遊星?」 念のため多機能リモコンの画面で相手を確認する。肩まで伸びた栗色の髪にすねているような顔。 (リン一人か) あれだけグンに注意されてもやってくるとは、単に鈍いのか、水内を信頼しているのか。 「遊星、ゲームの続きをしないか? 負けっぱなしは嫌だ」 相当な負けず嫌いらしい。水内は苦笑しながらドアを開けてやった。 「あまり頻繁に俺のとこに来ると、グンが怒るぞ」 中に入ってくるリンを一応たしなめる。 「もう怒ってますよ」 そう言うや否や、リンは水内に銃を向けた。水内ははっとした。 「……グン、か?」 「リンの声色くらい真似できますよ。同じ顔だし、かつら被ったらちょっと見わからないでしょ?」 グンは片手でかつらを脱ぎ捨てた。怒りの臨界点を超えているのか、ほとんど無表情に近い。 「水内さん、良い一日でしたねえ? リンの手料理にゲーム対戦、モルモットに破格の待遇ですよ。おかげで僕も決意できました。やはりあなたを始末するべきだと」 グンの人差し指が引き金に触れた。水内は懸命に助かる道を考える。 「ちょ、ちょっと待て。リンにどう説明するつもりだ? 人殺しと思われたくないんだろう? 銃なんか使ったら音も……」 「ご心配どうも。これ、レーザー銃なんで音は出ません。あのゲームみたいに一瞬で体が溶けて消えますよ。リンにはもう一度記憶操作するしかないですね」 グンは能面のような表情で淡々と答える。 「今日一日考えてたんですよ、どうするのがベストか。結局、あなたがリンのそばにいると僕の計画に大きな支障をきたすっていう結論になりました。ホント、水内さんには感謝しますよ。リンが他の人間に興味を持つ可能性を教えてくれたんだから。あなたを消したら、『リソルヴァン・ボム』と『ニュートロン・ウィルス』を世界中にばらまくことにします。これで僕ら以外の人間は壊滅状態、エデンの園が実現する」 「待て、考え直せ! リンの気持ちを考えろ。そんなことしてリンが喜ぶと思うのか?」 「あなたにリンの心配をしてもらう筋合いはない!」 感情を爆発させるようにグンが怒鳴る。同時に水内の後方の壁に大きな穴が開いた。外から吹き込んでくる風を感じ、水内は冷や汗が止まらなくなった。もう一度グンが引き金に指を掛ける。水内は固まったまま動けない。 『グン様、大変です。リン様がお倒れになりました』 突然サムの声で館内アナウンスが響き渡った。 『すぐにリン様のお部屋においでください』 グンは青ざめ、水内をそのまま残して部屋を飛び出した。
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