翌日、水内は部屋に鍵をかけて閉じこもっていた。一歩も外に出ず、誰ともコンタクトをとろうとしない。ほとんどベッドで横たわっていた。グンの殺意は本物だ。サムもグンの指示で動く。ぶらついていては、いつどこで殺されるかわからないのだ。食事に毒を盛られる可能性もあるので、冷蔵庫の中の物以外口を付けられなかった。部屋に仕掛けが無いとも限らないが、他に適当な避難場所を思いつかない。 「遊星、具合が悪いのか?」 午後、ドア越しにリンの声が聞こえてきた。 「食事してないだろ? 熱でもあるのか?」 ――グンは夕べのことをリンにどう伝えたのだろう? 「……違う。少し気分が、な」 水内はそう答えた。ドアの向こうにいるのがリンだけとは限らない。グンやサムが一緒にいた場合、何が命取りになるかわからない。 「ちょっと待ってろ」 そうリンの声がしたかと思うと、ドアの外の人の気配が消えた。二十分後、ドアのロックが解除される音がした。 (こいつら、鍵……) ここの管理者なのだから、部屋の鍵を開けられて当たり前だ。気付かなかったことを水内は後悔した。緊張しながら息を止めて部屋に入ってくる人物を確かめる。 「大丈夫か? 気分がすっきりしそうなものとか食べれそうなものをピックアップしてみたんだけど……」 トレーを持ったリンの姿しかないことを確認し、水内は息を吐いた。 「オレンジジュースがいいか? レモンのはちみつ漬けか? それとも、日本人らしくお粥に梅干しか?」 リンはテーブルの上にトレーを置いた。蒸しパンやスープ、ゼリー、ヨーグルトも載っている。 「……それ、変な物入ってないよな?」 起き上がって水内はリンに聞いた。リンが仏頂面になる。 「どういう意味だ? 人がせっかく用意してやったのに」 「いや、グンに殺されそうだから」 リンが納得するかはわからないが、水内は正直に言った。 「そんなに夕べ凄まじかったのか? 四十前のオッサンがプロレスごっこで熱くなるなよ」 リンの言葉に水内はきょとんとした。 「プロレスごっこ……?」 「見たのがあの体勢だったから誤解して内心ドン引きしたけど、三人で遊んでただけだったんだな。荒っぽい遊びは男同士でしかできないし、仲間外れにして悪かったってグンに謝られた」 グンは水内を殺そうとしていたことをリンに隠したのだ。 (……リンに人殺しだと思われたくないのか?) 水内はグンの気持ちが少しわかる気がした。リンに近づく男は許せない。だがリンに嫌われるのは怖い。ありのままの彼女でいてほしいから、これ以上の記憶操作は避けたい。自分が殺人を犯す現場を見られたくなくて当然と言えるだろう。 (ということは……。グンはリンの前では俺を殺せないってことか) 水内は少し安心した。 (でも、プロレスごっこで普通納得するか? どんな悪役レスラーでも、縛って注射器はねえだろ) グンを信頼しているのか、天才ゆえにどこかずれているのか。 「遊びなんかじゃなかったぞ? アイツ、マジで俺を殺そうとしてた。リンにちょっかい出すなって。注射を打たれてたら一巻の終わりだった」 水内はリンに改めて昨夜の状況を話した。リンに事実を知ってほしい。リンが味方になってくれれば、グンも簡単には自分に手出しできないはずだ。
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