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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第3回   (一)双子の天才A

 目を覚ました水内は、ベッドのそばの小さなテーブルに置いてあるスマートフォンのようなものに手を伸ばした。多機能リモコンだ。顔の近くに持ってきて、それに向かって声を出す。
「部屋で食べる。少なめで。特に急がない。和食であれば何でもいい」
 これで自動的に食事が部屋に運ばれてくる。人と接触せずに生活できるのは、人間というものに疲れていた水内には快適だった。
 ここ『Canaan(カナン)』に来てもう十日ほど経つだろうか。サムに連れられてきた小さな孤島の研究所だ。
「関係者以外はいませんし、気持ちが落ち着くまでゆっくりしてください。それから研究にご協力くだされば結構だということです」
 借金も博士が肩代わりしてくれるとサムは言った。何故そこまで、と水内は初め不思議に思ったが、詳しいデータを得るには長期の協力が必要であり、そこまでお願いできる人はなかなかいないのだということだった。ミラー博士はもともと資産家の家系で資金には恵まれており、研究のためなら金に糸目はつけないらしい。研究に集中したいと島を一つポンと買い取ってしまったと聞いて、そういう金銭感覚なのかと納得した。水内は協力を承諾した。捨てようとしていた命だ。役に立つならありがたい。
 さらにリモコンをタッチパネルで操作すると、部屋の壁の一つがガラスのように透けた。緑のじゅうたんの先に白い砂浜と海が見える。研究所は科学技術が集結されている印象を受けるが、島の自然は過剰に手を加えられることなく美しい。水内はだんだん心が癒されてきていた。
 研究所も島も維持するのが大変ではないかと思うが、ほとんどコンピュータやロボットで制御・管理しているらしい。ここにいる人間は自分を含めてわずか四人だ。それも……。


 研究所に着いた時、顔合わせをして驚いた。所長であるミラー博士はある国から招請を受けて留守だとは聞いていた。代理の者がひとまず対面するということだったが、現れたのは十四歳の少年と少女だったのだ。髪型と白衣の下の服、性差からくる体格こそ違うものの、栗色の髪に鳶色の瞳の同じ顔。双子の兄妹だった。
「水内さん、ようこそお越しくださいました。初めまして。グン・ジニアス・ミラーといいます」
 兄は人懐っこい笑みを浮かべて挨拶した。
「……リン・ジニアス・ミラーです」
 妹は無愛想だ。
「子供だと思われるかもしれませんが、ひととおりの知識はありますし、所長不在でも僕たち二人で研究を進めることはできます。まずはおくつろぎください」
 にこやかにグンが言った。
「ミラー博士のお子さんたちですか?」
 部屋に案内されながら水内はサムに尋ねた。
「そうです」
「日本語が上手ですね。バイリンガルですか?」
「お二人とも十か国語ほど操ることができます」
 サムの言葉に水内は驚きを隠せなかった。
「……すごいですね。普段は何語を使ってるんですか?」
 つい、こんな馬鹿げたことを聞いてしまう。
「日本語がほとんどです」
「えっ、何故……?」
 名前からも見た目からも、あの双子が日本人とは思えない。ハーフという可能性はあるが。
「ミラー博士が日本語を主に話されるので」
 サムは簡潔に答える。もっと突っ込んで聞いてみたい気持ちも少し湧いたが、今はまだ人と深く関わるのを避けたいという思いのほうが、水内の中では強かった。いずれ機会があるだろう。
(十か国語って……。語学だけでも大したものだ。そのうえ、父親の代わりに研究ができるってことは、他の知識も相当な……)
 水内は双子の頭脳に感心してしまった。
 部屋で多機能リモコンを渡され、使い方を教わった。その後研究所と島内を案内され、関係者以外立ち入り禁止の場所の他は自由に動き回って大丈夫だと言われた。小さな島だ。迷子になるようなこともない。
 研究所内は研究室や実験室などが主ではあるが、ジムやレクレーションルームといった場所もある。映画や本、ゲームなども充実しており、自室でも自由に楽しめるようになっている。水内はひとまずゆっくり体を休め、島の自然を楽しむことにした。


 部屋のチャイムが鳴った。食事が届いた合図だ。水内はドアを開けて廊下に置かれたトレーを部屋に運び入れた。今回は焼き魚定食といったところか。小鉢と味噌汁が付いている。味も悪くない。
(そろそろ研究に協力してもいいかな)
 魚を箸でつつきながら、水内はそう思った。


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