サムよりも二回り小さい影。 「リンと友達だなんて……。『遊星』なんて呼ばせて……。何吹き込んでくれてるんですか」 グンの声色は怒りと憎しみに満ちていた。 「リンの家族も友達も恋人も僕だけでいい。モルモットの分際でリンの特別な存在になるなんて、許せない!」 (俺が頼んだわけじゃねえよ) そう思ったが、口を塞がれている水内は何も言えなかった。グンはゆっくり水内に近づいた。ベッドのそばに立ち、体の自由を奪われた水内を見下ろす。 「あなたを処分します。リンを手中に収めようなんて、よっぽど早死にしたいんですね」 (だから、向こうから言ってきたんだって) 水内の反論がグンに聞こえるはずはなかった。 「予告どおり、バクテリアの餌食にしてあげます。あの男のように、跡形もなく消してあげますよ。でも、こいつらに生きた人間を与えるのは初めてだな。生きたまま分解されるって、どんな感じでしょうね?」 グンが注射器を取り出した。中に入っているのはミラー博士の遺体の処理に使ったバクテリアだ。水内の背筋に冷や汗が流れる。 「僕が作った『リソルヴァン』、じっくり味わってくださいね。リンを起こさないよう、声帯から食い破らせますよ。声を出せないまま、めちゃくちゃ苦しんでのたうちまわればいいんだ」 グンが注射器を水内の喉に近づけていく。水内は懸命に体をよじるが、腕を拘束されているうえ、サムが馬乗りになって動きを封じている。針の先端が皮膚に触れる直前、ドアが乱暴に開いた。 「遊星、起きてるか?」 DSを片手に持ったリンが部屋に飛び込んできた。 「三十分だけ対戦しないか? 明日早く起きる必要も無いだろ?」 勝手に部屋の明かりをつける。目に飛び込んできた光景に、リンは唖然とした。グンも想定外の乱入に動きが止まった。どう説明したらいいのかわからない。 「……そういうプレイをやるんなら鍵くらいかけろ、変態ども」 静寂を破ったのは、リンの冷ややかな声だった。 「グンが隠れSで、遊星がMか。サムまで巻き込んで……。賛成はしないけど、兄と友達の趣味だからな。黙認することにする。邪魔したな」 そう言うと、リンは水内の部屋をさっさと出てドアを閉めた。 「え、ちょっと……リン? ……ええぇっ!?」 グンはリンが自分たちを誤解したことを理解し、愕然とした。 「グン様、どうなさいますか?」 サムが水内を押さえつけたまま指示を求める。 「……今夜は中止。解放していいよ」 力なくグンが告げる。サムは水内のベッドから降り、両手の戒めを解いた。だが水内は動けず、声も出せなかった。 「夜に一人で男性の部屋を訪ねるなんて……後で言っとかないと。でもリン、絶対同性愛だって勘違いしたよね? 人殺しと変態、どっちに思われたほうがましかなあ……?」 グンはその場にへたり込んでしまった。 「前例がありますし、殺人のほうがリン様のお心が乱れる可能性は高いかと」 サムが穏やかに答える。 「真面目に答えなくてもいいんだけど……」 グンはよろよろと立ち上がった。 「水内さん、今回は命拾いしましたね。でも、僕は絶対あなたを許さない」 捨て台詞を残してグンは部屋を出て行った。サムが後に続く。 (許さないって言われても……俺のせいじゃねえだろうが) 水内はようやく体を動かして起き上がった。汗で服が湿り、口が渇いている。 (俺……生きたいんだな……) 目前に死が迫った時、必死に抗おうとした。嫌だと思った。 水内は深呼吸し、水分を取るために冷蔵庫へ手を伸ばした。
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