「……リン。何、その呼び方?」 動揺を抑えながら、グンが慎重に聞く。 「『オッサン』は友達らしくないから、そう呼ぶことにした」 リンはあっさり返したが、グンの顔がさらにひきつる。 「友達って……。本気で言ってるの? 女性ならまだともかく、男の友達なんて僕は認めない」 父亡き今、リンと親しい人間は自分だけだ。グンは他の人間がリンの心に宿るようなことは避けたかった。 「グンに指図されるようなことか? 私が友達の感覚を体験してみたいんだ。オッサン……じゃなかった、遊星のことはだいたいわかってきたし、特に問題ないだろ?」 リンはしれっとしている。 「問題大アリだよ! 男なら誰だってリンをかわいいと思う。絶対手を出したくなるって! 危ないよ。そもそも、男女間の友情は成立しないの! これ、常識でしょ?」 グンは一気にまくしたてる。 「常識って、何を根拠にそう言うんだ? 現実に異性と友達付き合いしてる奴はいくらでもいる。それに、自分とはタイプが違う奴と付き合うほうが見識は広がるんだってさ」 リンは不思議そうだ。異性の目に無頓着なリンには、グンの心配は理解できない。グンは違う方向から説得することにした。 「あのさあ……水内さんはあくまで研究対象、モルモットとして呼んだんだよね? 『ラヴィ』のデータとして。日本人で身体能力が高いから。そして、身内と疎遠になっているから。長く身柄を拘束しても問題ないし、研究の過程でどんな実験が必要になっても文句を言う人はいない。『ラヴィ』を早く完成させるためにも、有意義な情報は余すことなく搾り取ろうって。最悪殺すことになっても大丈夫っていう人だから、水内さんを呼んだんでしょ? モルモットと友達になるのはやめたほうがいいと思うけどなあ……」 研究者としての立場からつついてみた。 「じゃあ、他で探せばいいのか? あ、ネットで友達募集? SNSとか……」 根の真面目さゆえに、発想がとんでもない方向にいってしまうリン。グンは慌てて制止した。 「絶対にやめて! それ、ホントに危険だから。――友達の感覚を知りたいなら、僕が友達になる。リンが望むなら、何にだってなってあげるから! 僕じゃダメなの?」 取り乱すあまりグンの恋情がかなり露わになっているのだが、リンは気付かない。 「グンは肉親だし、近すぎるからな。見ず知らずの人間と一から付き合うのも大変だし、最初の友達としては遊星が手頃だと思うんだけど。まあ、これも一つの実験だな。私の個人的な興味だから、グンに迷惑はかけない。握手もしたし、今度は一緒にDSでもやってみるか」 いつしかリンは楽しそうに微笑んでいた。 (あの糞メダリスト……) 説得に失敗したグンの心に、どす黒い炎が燃え始めた。
水内は久しぶりに少し明るい気分でベッドに入った。昼間、リンに事態を打開する望みを垣間見たのがうれしい。友達初心者ゆえに突拍子もないことを言い出すかもしれないが、まともな感覚はグンよりは期待できそうだ。 寝付けずにいると、おもむろに部屋に入ってくる影があった。サムだ。 「何か用か?」 水内は体を起こして尋ねた。 「起きていらっしゃったんですか」 静かな落ち着いた声。あのことがなければ、サムがアンドロイドだとはわからないままだっただろう。 「お静かに願います」 そう言うや否や、サムはベッドに飛び乗り水内を押し倒した。両手首を頭の上で縛り、ベッドの柵に括り付ける。 「お、おい、何を……」 水内は戸惑いの声を上げたが、サムにのしかかられ、口を手で塞がれた。 「言いましたよね? リンに変な真似したら承知しないって」 ドアのほうから聞こえた声。水内はもう一つの影に気付いた。
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