「僕の『エデン計画』で、リンが引っかかってることって何?」 その日の夕方、グンが単刀直入にリンに尋ねた。記憶を操作してからのリンの様子を見ていたが落ち着いているし、一度きちんと意見を聞いておきたかった。 「グンと私がアダムとイブになったら、誰が『神』の役をするんだ? 全知全能の絶対者、支配者という意味じゃなく、監督者という意味だけどな。正しい方向に導く者が必要だろ?」 リンらしい、とグンは思った。自分が世界の中心になる、支配するという発想はしない。 「僕とリンなら大丈夫だよ。アダムとイブは最初の人間としての立場や責任をよくわかってなかった。自覚がなかったんだよ。だから、その場の欲に負けて簡単に神の言いつけに背いちゃったんだ。でも、僕らは違う。向かうべき方向も使命もわかってる。自分たちで監督できるよ。僕がリンを、リンが僕を監視したらいい」 自信満々で語ったが、リンの反応は芳しくない。 「客観的視点は不可欠だと思う。自分がイブになってしまったら、そこが抜け落ちそうな気がする。エデンの園を再現するのはいい案だと思うけど」 グンは自分たち以外の人類を滅ぼすということをまだリンに伝えていない。アダムとイブになることを了承してもらうことが先決だ。 (ホントにリンって真面目なんだから……。でも、アダムとイブになるってどういうことか、ちゃんとわかってるのかな? 遠回しのプロポーズなんだけど、気付いてなさそう……) 思わず苦笑いが漏れるグン。リンに反論を試みた。 「でも、アダムとイブが監督者に従わなかったら聖書と同じだよ? 失楽園を繰り返すだけじゃない?」 「そうならないよう、『ラヴィ』であらかじめ遺伝子に情報を植え付けておくんだろ?」 「それじゃあ時間がかかりすぎる。完璧なアダムとイブって定義も難しいし本当にそうなのかは成長させてやってみないとわからない。意図がわかってる僕たちがアダムとイブになるほうが確実だと思う」 グンの主張に、リンは黙り込んでしまった。 「……リン、怒った?」 グンが心配そうに聞いた。 「グンの言うことももっともなんだけど……。なんか気が進まない」 渋い顔でリンは言う。グンは優しくリンの頭を撫でた。 「多分、リンは研究者以外の立場に立つことが怖いんだね。大丈夫だよ。――アダムとイブをどうするかは置いといて、リンも『エデン計画』自体には賛成なんだよね?」 「そうだな……。『カナン計画』の穴を考えると、優れてると思う」 リンの返答を聞いて、グンは満面の笑みになった。 「よかった。アダムとイブのことは、少しずつ違う見方に慣れてくれればいいから。とりあえず『ラヴィ』の研究をしながら考えてみて。――他に何か気になることある?」 リンの瞳をのぞきこみながらグンが問う。 「グンの案だと、ここがエデンという解釈でいいのか? 確かにある意味俗世と遮断されてるし、私たちは隔離された環境で育ったと言えるけれど」 「それでいいよ。いずれ地球全体がエデンの園になる予定だけどね」 グンはさりげなく真意を織り込んで答えた。地球上に二人きりになるという意味だが、リンは平和な種族が世界に広がった状態だととらえる。 「……その時は、やっぱりみんなが友達同士なんだろうな。アダムとイブは友達がいなかったけど……」 リンが思案顔で呟く。グンは一瞬目をぱちくりさせた。 「急に何? アダムとイブは最初の人間だから、他に人はいなかったんだから、しょうがないんじゃない? でも、二人だけでもいろんな関係を含んでたんじゃないかな。兄妹で、家族で、友達で……。そんなこと言うなんて、リン、どうしたの?」 「遊星と友達になった。平和を唱えるなら友達くらいいたほうがいいってさ。理屈は通ってるよな。さしあたり手近な奴で試してみることにした」 リンは淡々と答えたが、グンは心がひび割れるのを感じた。
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