「……他の子と遊んだことは?」 「ない」 水内の問いに即答するリン。 (……こりゃ歪んで当然だな。二人だけでおもちゃ箱の中でずっと育ってきたようなものだ) グンの歪さも狭い世界しか知らないことが大きな原因なのではないかと水内は思った。 「一度も? グンもそうなのか? 同世代の友達が欲しいと思ったりしないのか?」 「話が合わないだろ? エニグマでやりとりできる奴、いるか?」 エニグマが何かわからない水内は答えられない。ドイツ軍が戦時中に使っていた難解な暗号のことなのだが。 「……お前たちの頭脳は特殊だからな。もっと普通に、だな。普通のティーンエイジャーは……えーと……そうだ、例えばおしゃれとか、買い物とか。みんなでワイワイしゃべって盛り上がってさ」 「くだらない。友達ってそんだけの存在か?」 懸命に女の子の好む話題を考えた水内だが、リンに一刀両断されてしまった。 「いや、それだけじゃないけど……。趣味が合わなくても、一緒にいて楽しいとか、家族みたいに大事だとか……。あー、友達って説明するの案外難しいな」 水内は頭を掻きむしった。 「オッサンに辞書の代わりは求めてないから。どうせそこまで脳みそないだろ?」 リンはあっさり切り捨てる。水内はムッとしたが言葉を続けた。 「でも、友達はいたほうがいいぞ? 自分とは違った視点を持ってるし、世界がずっと広がる。それに、世界を平和にって言ってる奴が友達一人もいないってのはどうかと思うんだが」 言ってから、我ながらなかなか上手い説教ではないかと水内は自画自賛した。 「その友達に借金を押し付けられて逃げられたくせに」 リンに痛いところを突かれ、水内は黙ってしまった。確かに、今の水内も友達がいるとは言えない。 「……だけど、一理あるかもな。平和って友達の輪が広がったものとも言えるし。友達の感覚を知っといたほうがいいかもな」 意外にもリンは水内の言葉を肯定した。 「じゃあ、オッサン。友達になるか?」 「……へ?」 だしぬけに友達申請され、水内は間抜けな声を出してしまった。 「友達って別に年齢も性別も関係ないだろ? 平和の役に立ちそうだし、私も友達の感覚を体験してみたい。とりあえず今近くにいるからオッサンを友達にしてやるよ。で、友達って何から始めればいいんだ?」 ふざけているわけではなく、リンは半ば本気のようだ。その様子に拍子抜けしながらも、水内はかすかに希望が湧くのを感じた。うまくいけば、グンの暴走を止められるかもしれない。 「ま、まあ……。まずはよろしくの握手からかな」 「じゃ、よろしく」 リンは右手を差し出した。水内はそれを右手で握る。 「これでオッサンと友達になったってことか?」 握手を終えて、リンが水内に聞いた。 「そ、そうだな。……友達なら、『オッサン』って呼び方はちょっと……」 「関西弁で『オッチャン』のほうがいいか?」 「そういう問題じゃなくて、だな。……まあ、名前でいいか」 変なあだ名を付けられても困る。 「それじゃ、遊星って呼んだらいいのか?」 「……それで頼む」 まともな呼び方に落ち着いたことに水内はほっとした。しかし、これは思いがけない展開だ。 「じゃあ、改めて。遊星、これからよろしく」 リンはちょっぴりいたずらっぽい笑顔を浮かべ、もう一度水内と握手を交わした。
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