水内は休んでいた島内の見回りを再開した。部屋に籠っていても気が滅入る一方だ。グンがいずれ人類を滅ぼすつもりでいることはわかったものの、自分に何ができるのか。どうしたいのか。頭がもやもやする。考えるほど光が遠ざかり、逆に闇に取り込まれそうになる。少しでも鬱々とした気分を晴らそうと、外に出ることにしたのだった。 見回りの途中でリンの姿をみつけた。毎日のように父親の帰りを待ち焦がれていた、あの場所だ。 (記憶は変わってるはずなのに……?) もしかしたら意識の根底に何か残っているのではないかと、水内は少し期待してリンに声を掛けた。 「何してるんだ?」 「見りゃわかるだろ。海を見てる」 口調は乱暴だが、リンの表情はどこか柔らかかった。 「……ミラー博士を待ってるのか?」 少々ためらった後、水内はリンに問いかけた。 「死んだ人間は帰ってこない。でも、海はナッドのお墓だし、見てるとなんだか心が落ち着く」 以前とは理由が違うが、海に父親を想うのは同じだ。 「俺も博士に会ってみたかった。グンがあんなことしなければよかったんだが」 水内はカマをかけてみた。事実を思い出さないだろうか? 「オッサン、また夢の話か? グンがナッドを殺したなんてありえない」 リンが呆れたように水内に言う。 「それは、グンが記憶を書き換えたからそう思ってるだけだ」 少し食い下がってみた。 「グンが私の記憶を書き換えた? 何のために? そんなことしても意味がない。研究を盗もうとしたスパイに、ナッドがそうやってお灸を据えたことはあったけどな」 やはりリンは水内の言葉を信じない。 (暗示の機械もミラー博士が使ってたのか。自分で作ったのか? ……そうだろうな。臨機応変に応用したグンもすごいが) 一つの分野を究めるだけでも大変なのに、どれほどの知識や技術を持ってるのか。天才の血が恐ろしい。 「オッサン、頭大丈夫か? 夢と現実くらい区別しろ。一応脳のMRIでも撮るか?」 馬鹿にしているのか、心配してくれているのか、よくわからないリンの言い方。性格自体は全く変わっていない。 (これでかわいらしいところもあるし、惚れる奴もいるだろうが……。兄妹でっていうのはやっぱなあ……。しかも同じ顔の双子だし……) グンの異常さを思い出し、複雑な気分になる。 「おい、大丈夫か? 本当に検査するか?」 リンがまっすぐ水内を見た。曇りのない瞳だ。 (純粋、か) リンに対する評価としては、的確な言葉だと思う。 「いや、大丈夫だ。だいたい、初めに健康診断しただろ? ――お前ら、一体どんだけ勉強したんだよ? その年齢で、語学も生物も医学も相当なレベルだ」 水内はリンの意識を逸らそうと話題を変えた。 「ナッドがいろいろ教えてくれた。私たちも学ぶのが楽しかったしな。実験が遊びのようなものだったし」 リンは昔を懐かしむような顔になった。 「普通の子供がやるような遊びはしなかったのか? かくれんぼとか鬼ごっことか……あと何だ? 今の子はゲームばっかりかもしれないけどな」 「かくれんぼも鬼ごっこも、小さい頃グンとよくやってた。『Canaan』には危ないものもあるからって、ナッドに叱られたこともあったけど」 リンの答えを聞いて、一応子供らしいこともしていたかと水内は安心しかけたが……。
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