水内はどうするべきか答えが出ないまま、『Canaan』に残っている。リンにグンがミラー博士を殺したことを言っても怪訝な顔をするだけで、水内がそういう夢を見ただけだろうと相手にしなかった。リンの中では父親は海で亡くなったことが事実であり、父の意志を引き継いで研究しているのだ。そしてグンの改善案『エデン計画』も検討している。グンと自分がアダムとイブになることにあまり乗り気でないようだ。グンはゆっくり話し合って決めていこうと、リンに猶予を与えている。 水内にもサムが配膳してくれた。ステーキだ。しかし、水内は味わって食べることができない。何のために食べているのか、それもはっきりしない。 リンが先に食事を終えて部屋に戻った。楽しい趣味の時間だ。 「リンの趣味は暗号解読です。ファイストスの円盤とかヴォイニッチ手稿とか、いつか解いてやるって意気込んでますよ」 前にグンがそう言っていたが、水内には何のことだかさっぱりわからない。世界的に有名な未解読の暗号らしい。 「……リンはほとんど変わってないな。てっきり、記憶を書き換えるついでに両想いにするかと思ったのに」 水内が冷やかにグンに語りかける。 「それじゃ意味ないでしょ? 僕は自然体のリンが一番好きだし、そのままのリンに愛されたい。時間をかけて振り向かせますよ」 グンが笑顔で答える。 「他の人間を滅亡させようって奴が、何言ってんだ。妹を確実に自分のものにするための計画だろ?」 「やだなあ、リンの望みを叶えるためですよ。リンと二人だけになって愛を育むのは、あくまでついでです。まあ、遅くても十年以内に決着をつけたいけど」 水内の嫌味にもグンは動じない。 「あまりリンに変なこと吹き込まないでくださいね。早く人生を終わらせたいのなら、そう言ってください。一番いい方法を選んであげますから」 どぎついことを爽やかに言ってのけるグン。水内はフォークを置いた。 「……お前、歪み過ぎ。ミラー博士のことは言えないぞ」 「あんな男と一緒にしないでください。僕は寝込みを襲うようなことはしないし、リンを何よりも大切に思ってる」 グンがわずかに眉根を寄せた。 「……お前の考えは理解できない」 「それはオツムの差でしょ? わかってもらおうなんて思わないし、その必要も無い」 とても美味しい食事などできる環境ではない。水内は再びフォークを握り、肉を一切れ口に押し込んだ。
グンは水内を特に問題視していなかった。ここ『Canaan』では自分が圧倒的に優位だし、仮に水内が逃げ出して大勢の人間が自分の計画を知って襲撃してきても、はるかに上回る科学力で殲滅できる。人類滅亡が早まるだけだ。リンの気持ちをどう掴むかのほうがより重大だった。 心配があるとすれば、サムのメンテナンスの時だ。年に一度、サムはすべての機能を停止させて内部のクリーニングと回路やプログラムのチェック、修復を自動で行う。父親の愚行に憤り殺害したのもこの時で、グンはリンに事実を隠すために遺体の処分後すぐにサムの指令優先順位をプログラムし直したのだった。素手では大人の力に及ばないことはわかっている。 (それまでに水内さんを処分して、次のモルモットを呼んだほうがいいかも) エデンでも『ラヴィ』は有意義だし、リンが一番情熱を傾けている研究だ。いずれ皆殺しにするとしても、できる限りデータを集めて未来に生かしたい。リンの好きなことを続けさせてあげたい。 グンの思考と行動の根っこはすべてリンだった。
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