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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第23回   (四)おもちゃ箱の中でB

「僕個人としては、世界平和なんてどうでもいいけどね。ただ、リンが望んでるし、これを否定したらリンが生きていけなくなるから」
 グンはあっさり言い放った。
「お前、ふざけてんのか?」
 水内の心に怒りが湧き上がる。
「ふざけてませんよ。リンは僕のすべてだから。本当はずっとありのままのリンでいてほしかったけど、あの男のせいで記憶操作する羽目になった」
「お前……!」
 肩をすくめるグンに、水内は掴み掛かった。
「まさか、リンに横恋慕してないですよね? その場合、ホントに処分しますよ? 生きたままバクテリアのエサにしちゃいますよ?」
 ――狂ってる。父親に引けを取らないほど歪んでる。
「お前、自分の妹を……」
「だって、生まれる前から一緒だったんですよ? リンよりも素敵な女の子なんていない。僕のファム・ファタール(運命の女性)です。もっとも、リンは鈍いのか僕の気持ちに気付いてないけど。そこがまたかわいくて魅力的だったりして」
 グンに悪びれた様子はない。あれほど父親を罵り、殺害までしておいて……。
(嫉妬、か?)
 ただ妹を守りたいだけでなく、父親を恋のライバルとみなしたから、父親の行為に怒ったのだと水内は悟った。
「……お前に世界平和を語る資格は無い。滑稽な夢物語だ。リンもお前を選ぶはずはないだろう。兄妹でそんな関係、ありえない」
 そう言って水内はグンから手を放した。
「水内さんは見識が狭いなあ。聖書のアダムとイブって兄妹ですよ? でも、他に人間がいなかったしそのまま夫婦になった。日本でも自分の妹を妻に娶った話、古事記とかに載ってるでしょ?」
「昔話と一緒にするな!」
 のらりくらりと話すグンに、水内は怒鳴った。
「いずれリンは僕を選んでくれますよ。そのうち、僕以外に男性がいなくなるんだし」
 グンはさらりと言ったが、水内は聞き逃さなかった。
「男が、いなくなる……?」
「女性もリン以外はいなくなる。まさに地球全体がエデンの園になって、新しい出発をする」
 水内はすぐには言葉が出なかった。
「……おい。まさか、人類を滅亡させようってんじゃないだろうな?」
 勘違いであってほしいと思いながら水内が問う。
「あ、水内さんにしては理解が早かった。人間同士の醜い争いをなくす一番確実な方法は、人間がいなくなることでしょ? 新しい人類だけが平和に幸せに暮らせばいい。これでリンの世界平和の願いも叶う」
 グンは勝ち誇ったように答えた。
(こいつ、頭が良すぎてバカになってないか?)
 怒りを通り越して、脱力してしまいそうだ。
「遅かれ早かれ、水内さんも消える運命なので。細菌兵器なり中性子爆弾なり、いくらでも人類を滅ぼす手段を僕らは持ってるし、水内さん一人くらいどうとでも始末できますよ。僕らの科学力は想像つかないでしょ? サムがいるから、僕らを力で押さえつけるのも無理。まあ、ここで大人しくしてるなら、当分は今までどおり『ラヴィ』のモルモットとして優遇しますよ。リンももう少し研究したいだろうし。水内さんが泳いで帰ると言うのなら止めないし、死なせてほしいならそうしますけど」
 グンはにっこり微笑み、ゆったりとした足取りで出て行った。リンの記憶を書き換えるためだ。水内は呆然と見送るしかなかった。
(……おもちゃと同じか。人の命さえ……)
 水内は一人、力なく笑った。


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