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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第20回   (三)クーデターI

「くそっ、放せ! サム、私の命令が聞けないのか!」
 テーブルの上でもがくリンを、サムはしっかり押さえている。
「オッサン! 突っ立ってないで助けろ!」
 リンに言われて、水内は我に返った。自分の理解を越えた事態に現実味が薄れ、思考が止まってしまっていた。慌ててサムに近寄って言う。
「女の子にちょっと手荒すぎないか?」
「私はグン様の指示に従うだけです」
 この状況でもサムは落ち着いており、かすかに微笑んでいるようにも見える。
「ここまでしなくてもいいだろ? リンの気持ちもわかってあげないと。それに、二人ともまだ子供なんだ。大人がしっかりした裁量を下すことも必要だと思う」
「リン様が悲しみ混乱しているのはわかりますが、私にはお心をすべて汲み取ることはできません。私はお二人を差し置いて自分で判断する立場ではありません」
 水内の言葉に冷静に答えるサム。水内はサムに違和感を覚えた。
「オッサン、こいつは話しても無駄だ。さっさと実力行使!」
 リンが苦しげに水内に命じる。水内は仕方なくリンを押さえ込んでいるサムの腕を掴み、引きはがそうとした。
「水内様、邪魔しないでいただけますか?」
 サムが動揺する素振りはない。
「少し緩めてやれ。苦しそうだ」
「緩めては逃げてしまわれますので」
「しかし……」
 二人が揉めている間にも、リンはなんとか抜け出そうともがき続ける。埒が明かないと思い、水内はサムに殴り掛かった。サムはリンを片手でしっかり押さえ、もう片方の手で水内の拳を受け止めた。
「指令の遂行を妨げられては困ります」
 サムは水内の腕をひねった。痛みを感じて水内は手を引っ込める。今度はサムの背後から襲いかかろうとした。するとサムは水内の腹に蹴りを入れた。水内は苦痛に顔を歪め、その場にうずくまる。
「弱すぎだ、オッサン!」
 リンが叫んだ。
「申し訳ありませんが、邪魔をなさるなら水内様を排除させていただきます」
 動きの機敏さとは対照的に、サムは静かな口調で告げる。再びリンを両手で押さえ込む。
「くっ、放せよ、このポンコツ!」
 リンがわめくが、サムは意に介さない。
 グンが戻ってきた。手には注射器を持っている。
「グン、サムのプログラムをいじったな!」
 リンが噛みつくように言った。
「うん、僕の命令を最優先するようプログラミングし直しといた」
 言いながらグンはリンに近づいた。
「サム、どっちかリンの腕を」
 命令に従い、サムはリンの左腕を前に出させて袖をまくった。
「グン!」
「ごめん、本当はこんなことしたくないんだけど」
 グンは注射針をリンの左腕に突き立てた。中の液体がリンの血管に注入されていく。
「グン……」
 だんだんリンの体から力が抜けていく。やがて目が閉じられ、リンは意識を失った。
「……殺したのか?」
 水内が痛む腹を押さえながら尋ねる。
「リンにそんなことしません。眠らせただけです。このままだとリンの精神が壊れるから、記憶をちょっと書き換えたほうがいい」
 グンの言葉に水内はぎょっとした。
「そんなことまで……」
 できるのか、という言葉は声にならなかった。
「本当はこんなことしたくなかった。僕はそのままのリンが好きだから……。――サム、リンをベッドに運んであげて」
 サムはリンを抱きかかえ、食堂を出ていった。
「サムは……」
「アンドロイドですよ。見た目も触った感じも人間と変わらないけど。食事も少しならできるし。超高性能でもさすがに人の複雑な感情までは理解できないし、それを解決する方法もわからないみたい」
 水内はこの島にいる人間は四人ではなく三人だったことを知った。
「さて、水内さんをどうしようかなあ……」
 グンの呟きに水内は身構えた。


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