「くそっ、放せ! サム、私の命令が聞けないのか!」 テーブルの上でもがくリンを、サムはしっかり押さえている。 「オッサン! 突っ立ってないで助けろ!」 リンに言われて、水内は我に返った。自分の理解を越えた事態に現実味が薄れ、思考が止まってしまっていた。慌ててサムに近寄って言う。 「女の子にちょっと手荒すぎないか?」 「私はグン様の指示に従うだけです」 この状況でもサムは落ち着いており、かすかに微笑んでいるようにも見える。 「ここまでしなくてもいいだろ? リンの気持ちもわかってあげないと。それに、二人ともまだ子供なんだ。大人がしっかりした裁量を下すことも必要だと思う」 「リン様が悲しみ混乱しているのはわかりますが、私にはお心をすべて汲み取ることはできません。私はお二人を差し置いて自分で判断する立場ではありません」 水内の言葉に冷静に答えるサム。水内はサムに違和感を覚えた。 「オッサン、こいつは話しても無駄だ。さっさと実力行使!」 リンが苦しげに水内に命じる。水内は仕方なくリンを押さえ込んでいるサムの腕を掴み、引きはがそうとした。 「水内様、邪魔しないでいただけますか?」 サムが動揺する素振りはない。 「少し緩めてやれ。苦しそうだ」 「緩めては逃げてしまわれますので」 「しかし……」 二人が揉めている間にも、リンはなんとか抜け出そうともがき続ける。埒が明かないと思い、水内はサムに殴り掛かった。サムはリンを片手でしっかり押さえ、もう片方の手で水内の拳を受け止めた。 「指令の遂行を妨げられては困ります」 サムは水内の腕をひねった。痛みを感じて水内は手を引っ込める。今度はサムの背後から襲いかかろうとした。するとサムは水内の腹に蹴りを入れた。水内は苦痛に顔を歪め、その場にうずくまる。 「弱すぎだ、オッサン!」 リンが叫んだ。 「申し訳ありませんが、邪魔をなさるなら水内様を排除させていただきます」 動きの機敏さとは対照的に、サムは静かな口調で告げる。再びリンを両手で押さえ込む。 「くっ、放せよ、このポンコツ!」 リンがわめくが、サムは意に介さない。 グンが戻ってきた。手には注射器を持っている。 「グン、サムのプログラムをいじったな!」 リンが噛みつくように言った。 「うん、僕の命令を最優先するようプログラミングし直しといた」 言いながらグンはリンに近づいた。 「サム、どっちかリンの腕を」 命令に従い、サムはリンの左腕を前に出させて袖をまくった。 「グン!」 「ごめん、本当はこんなことしたくないんだけど」 グンは注射針をリンの左腕に突き立てた。中の液体がリンの血管に注入されていく。 「グン……」 だんだんリンの体から力が抜けていく。やがて目が閉じられ、リンは意識を失った。 「……殺したのか?」 水内が痛む腹を押さえながら尋ねる。 「リンにそんなことしません。眠らせただけです。このままだとリンの精神が壊れるから、記憶をちょっと書き換えたほうがいい」 グンの言葉に水内はぎょっとした。 「そんなことまで……」 できるのか、という言葉は声にならなかった。 「本当はこんなことしたくなかった。僕はそのままのリンが好きだから……。――サム、リンをベッドに運んであげて」 サムはリンを抱きかかえ、食堂を出ていった。 「サムは……」 「アンドロイドですよ。見た目も触った感じも人間と変わらないけど。食事も少しならできるし。超高性能でもさすがに人の複雑な感情までは理解できないし、それを解決する方法もわからないみたい」 水内はこの島にいる人間は四人ではなく三人だったことを知った。 「さて、水内さんをどうしようかなあ……」 グンの呟きに水内は身構えた。
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