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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第19回   (三)クーデターH

「……グンがアダムで私がイブ?」
 リンが小さくグンの言葉を繰り返した。
「そう。僕たちならエデンの園を永続させられる」
 グンは優しく笑いかけた。一瞬沈黙した後、リンはうわ言のように呟いた。
「それは……無理だ」
 リンの瞳がグンをみつめる。
「アダムは人殺しはしてない……しちゃいけない……」
「リン……!」
 グンの手に力が入る。
「……本当に何も残ってないのか? ナッドの肉も、骨も、血も、髪の毛も……」
 リンがグンを凝視する。
「何も……ないよ。全部バクテリアが分解した。アイツは存在しちゃいけない」
 グンがリンを諭す。
「……殺す必要があったのか? 話せばわかったかもしれない」
 リンの目は座っている。
「気持ちはわかる。でも、アイツはもう正気じゃなかった。あのままじゃアイツはリンを……」
「どんな親でも親には変わりない!」
 グンが言い終わる前にリンが叫んだ。グンの手を振り払う。
「私のために殺した!? 私の……ことを思うなら……」
 リンの目から涙が一筋こぼれた。
「なんで私の幸せを壊すんだ! ……楽しかったんだ。ナッドと、グンと、三人で研究するのが。これからも……ずっと一緒だって……信じてた……」
「リン……」
 そっと手を差し伸べようとしたグンを、リンは拒絶した。顔を掌で覆い、声を殺して泣く。誰も言葉を発することができなかった。
 ひとしきり泣いた後、リンはグンを見た。
「……ナッドを殺した時の服はどうした?」
「服……?」
 グンがこわごわとリンに尋ねる。
「グンが着てた服と、ナッドが着てた服。どこにやった?」
 静かだが気迫のこもった声だ。グンは思わずたじろいだ。
「捨てたけど……」
「どこに?」
 リンはさらに問い詰める。
「どこって……普通に焼却炉に……」
 グンが詰まりながら返答すると、リンは立ち上がった。
「どこ行くの!?」
「回収してくる。喉を切り裂いたんだろ? 服にナッドの血が付いてるはずだ」
 行こうとするリンを、グンは押しとどめた。
「もう灰になってるって!」
「わずかでも血液の成分が残っていれば、ナッドをよみがえらせることができる」
 リンはグンの制止を振り切ろうとする。
「無理だよ! クローンでも作る気?」
「いけないか? 私はナッドにそばにいてほしい」
「ダメだ! アイツはリンのそばにいちゃいけない!」
「勝手に決めるな! たとえクローンでもナッドが復活すれば、グンの過ちも清算されるぞ?」
「アイツは存在しちゃダメなんだ! リンを汚させるわけにいかない!」
「なんでそう決めつけるんだ!」
 押し問答はしていられないとリンがグンの足を払った。グンがバランスを崩した隙に、リンは食堂の出口へ向かう。
「サム! リンを止めて!」
 グンが指示を出した。出口の近くにいたサムが、リンの前に立ちはだかる。
「通せ」
 リンは強引に突破しようとしたが、サムに腕を掴まれた。
「サム、放せ!」
「サム、リンの動きを封じて!」
 双子の言葉はほぼ同時だった。サムはリンを背中から羽交い絞めにし、テーブルのほうに引きずった。
「サム、放せ! 放せって言ってるだろうが!」
 リンは振りほどこうとするが、サムの力にはかなわない。リンの体はテーブルに押さえつけられ、後ろ手にされてしまった。
「そのまま押さえてて」
 グンはそう言って、食堂を飛び出した。


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