「……グンがアダムで私がイブ?」 リンが小さくグンの言葉を繰り返した。 「そう。僕たちならエデンの園を永続させられる」 グンは優しく笑いかけた。一瞬沈黙した後、リンはうわ言のように呟いた。 「それは……無理だ」 リンの瞳がグンをみつめる。 「アダムは人殺しはしてない……しちゃいけない……」 「リン……!」 グンの手に力が入る。 「……本当に何も残ってないのか? ナッドの肉も、骨も、血も、髪の毛も……」 リンがグンを凝視する。 「何も……ないよ。全部バクテリアが分解した。アイツは存在しちゃいけない」 グンがリンを諭す。 「……殺す必要があったのか? 話せばわかったかもしれない」 リンの目は座っている。 「気持ちはわかる。でも、アイツはもう正気じゃなかった。あのままじゃアイツはリンを……」 「どんな親でも親には変わりない!」 グンが言い終わる前にリンが叫んだ。グンの手を振り払う。 「私のために殺した!? 私の……ことを思うなら……」 リンの目から涙が一筋こぼれた。 「なんで私の幸せを壊すんだ! ……楽しかったんだ。ナッドと、グンと、三人で研究するのが。これからも……ずっと一緒だって……信じてた……」 「リン……」 そっと手を差し伸べようとしたグンを、リンは拒絶した。顔を掌で覆い、声を殺して泣く。誰も言葉を発することができなかった。 ひとしきり泣いた後、リンはグンを見た。 「……ナッドを殺した時の服はどうした?」 「服……?」 グンがこわごわとリンに尋ねる。 「グンが着てた服と、ナッドが着てた服。どこにやった?」 静かだが気迫のこもった声だ。グンは思わずたじろいだ。 「捨てたけど……」 「どこに?」 リンはさらに問い詰める。 「どこって……普通に焼却炉に……」 グンが詰まりながら返答すると、リンは立ち上がった。 「どこ行くの!?」 「回収してくる。喉を切り裂いたんだろ? 服にナッドの血が付いてるはずだ」 行こうとするリンを、グンは押しとどめた。 「もう灰になってるって!」 「わずかでも血液の成分が残っていれば、ナッドをよみがえらせることができる」 リンはグンの制止を振り切ろうとする。 「無理だよ! クローンでも作る気?」 「いけないか? 私はナッドにそばにいてほしい」 「ダメだ! アイツはリンのそばにいちゃいけない!」 「勝手に決めるな! たとえクローンでもナッドが復活すれば、グンの過ちも清算されるぞ?」 「アイツは存在しちゃダメなんだ! リンを汚させるわけにいかない!」 「なんでそう決めつけるんだ!」 押し問答はしていられないとリンがグンの足を払った。グンがバランスを崩した隙に、リンは食堂の出口へ向かう。 「サム! リンを止めて!」 グンが指示を出した。出口の近くにいたサムが、リンの前に立ちはだかる。 「通せ」 リンは強引に突破しようとしたが、サムに腕を掴まれた。 「サム、放せ!」 「サム、リンの動きを封じて!」 双子の言葉はほぼ同時だった。サムはリンを背中から羽交い絞めにし、テーブルのほうに引きずった。 「サム、放せ! 放せって言ってるだろうが!」 リンは振りほどこうとするが、サムの力にはかなわない。リンの体はテーブルに押さえつけられ、後ろ手にされてしまった。 「そのまま押さえてて」 グンはそう言って、食堂を飛び出した。
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